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【開発】 航空機メーカを語るスレ 【生産】

1 :再建者:03/07/10 19:33 ID:???
1 名前: [ ] 投稿日:03/06/21 13:07 ID:???
ヒコーキスレ増やすなって言われたけど立てた。
メーカによる開発や生産の観点からマターリと行きませう。

元アド
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1056168422/

2 :再建者:03/07/10 19:34 ID:???
2 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:09 ID:???
2げと

3 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:11 ID:???
スバルのレガシィは良いと思うよ。

4 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:11 ID:???
3

5 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/21 13:13 ID:???
時代の設定がないな
ソッピースとかでもいいのか?

6 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:15 ID:???
日本で言うと
中島、三菱が二巨頭?
他、川崎、川西、愛知、立川など・・・

ほかなんだ、ドイツは
メッサーシュミット、フォッケウルフ、ハインケル、アラド、ヘンシェル・・・

抜けまくりだが後を頼む。

7 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:15 ID:???
ボーイングってF/A-18E/Fの生産が終了した後、大丈夫?

8 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:22 ID:???
多分倒産する
昨年度の売上は軍需の割合が60%越してるそうだし

3 :再建者:03/07/10 19:34 ID:???
9 名前:名無し三等兵[ ] 投稿日:03/06/21 13:25 ID:???
フランス
ドボアチン、モラン・ソルニエ、ポテーズファルマンこんだけ?

イタリア
フィアット、マッキ、カント、レジアーネ・・・

アメリカ
グラマン、ボーイング、カーチス、ダグラスあたりが大きい?
ノースアメリカン、ロッキード、チャンスボード、マーチン、ベル、ブリュースター数多すぎ。

10 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:30 ID:???
ブリュースターと書くのは年寄りの証拠
最近はブルースター表記が主流


11 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/21 13:31 ID:???
ドイツはメッサー・ユンカース・ハインケルが三強では?
ドルニエとかもあるが。

12 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 13:46 ID:???
>>8
旅客機の受注合戦はエアバス社に負けているらしい…

13 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 14:13 ID:???
どっちにしろ、ボーイングは苦しいな。
F/A-22もF-35も少しは参加するとはいえロッキードだし。
旅客機もエアバスに負けてるんじゃ・・・。A380が出たらますます・・・。

ロッキードに吸収されて、ロッキード・ボーイングだな。

4 :再建者:03/07/10 19:35 ID:???
14 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 14:17 ID:???
>13
まもなくF/A-22がキャンセルされてロッキードが先に倒産する方に賭ける


15 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 14:50 ID:6i9GVhRn
ロッキード・ボーイング・ライトか
なんならイギリスみたいに全社統合ってのもいいかも

16 名前: [] 投稿日:03/06/21 14:54 ID:xYp1rwQw
米のメーカーは、合併、吸収しまくりで、もうどこがどこやら…

ノースアメリカン
マクダネル
コンベヤ
ロッキード
リパブリック
 
ゼネラルダイミクス

センチュリーシリーズのこれらのメーカーは今、どことどうなってるのでしょう・・・



5 :再建者:03/07/10 19:35 ID:???
17 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 14:55 ID:6i9GVhRn
イギリスが出てなかったので
ホーカー、デハビランド、スーパーマリン、アブロ、アームストロング、
ショート、マイルズ、マーチンベイカー、ブリストル、ビッカース、
ウェストランド、ハンドレイページ、ブラックバーン、グロスター、
フェアリー、エアスピード、ボールトンポール、ジェネラル

18 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 15:25 ID:???
ノースアメリカン、マクダネルがボーイングに
ゼネラルダイナミクスがロッキードマーチンに
リパブリックはフェアチャイルドに

で、フェアチャイルドは倒産したんだっけ?

19 名前:名無し三等兵[ ] 投稿日:03/06/21 15:32 ID:???
>>18
サンクス。

で、その中に入ってない、「具ラマン」「ノースろぷ」が生き残ってるってのも、
また興味深いですね。

20 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 15:33 ID:m6b4rVLp
中島、愛知、九州などは
今どのメーカーに引き継がれてるんだろ?

21 名前:名無し三等兵[55] 投稿日:03/06/21 15:36 ID:???
九州飛行機はトラックの車体とか作ってたかな

22 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 15:38 ID:AJNEtOog
川西こと新明和は消防車を製造している

6 :再建者:03/07/10 19:36 ID:???
23 名前:名無し三等兵[55] 投稿日:03/06/21 15:41 ID:???
九州→渡辺鉄工所
バスの車体製造など
海自に魚雷発射管を納めた記録もあり

24 名前:名無し三等兵[55] 投稿日:03/06/21 15:49 ID:???
愛知飛行機は元の愛知時計に合流したようです

25 名前:20[sage] 投稿日:03/06/21 16:01 ID:???
まあ、川西→新明和は、まだ許せるとして、

震電の九州が、バスの車体製造?
流星の愛知が、時計屋??

敗戦国ってつらいなあ・・ヽ(;´ω`)ノ.

中島は消滅かね?


26 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 16:08 ID:???
愛知は元々が愛知時計って会社なの
中島は富士重工とプリンス

27 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 16:13 ID:???
ヴォートって今なにやってるんだろう。
ロッキードの下請けでバイキングのパーツ作ってる位しか知らんのだが…
コルセアUのアフターとか?

28 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 16:19 ID:???
ヴォートは91年にLTVになって、92年にノースノップなどに買収されたそうな。

7 :再建者:03/07/10 19:36 ID:???
29 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 16:24 ID:???
>>28
アリガトン
ということはノースロップ・グラマンA-7コルセアUって呼ぶべきなのか。

30 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 16:28 ID:???
トヨタとか日産って、旧航空機メーカーとは
何の関係もないんでしょうか?

あと、空技廠って、もしかして第三のメーカー?

31 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 16:47 ID:???
>>29
A-7Eで検索すると、ヴォートかLTVって書いてある場所がほぼ全部。

8 :再建者:03/07/10 19:37 ID:???
32 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/21 17:01 ID:???
>20 >30
愛知航空機は戦後、愛知起業に変更して、その後、愛知機械工業になって、
最初はオート三輪のヂャイアント号を作り、徐々に三輪車メーカーとして重きを為し、
次いで、軽三輪車に参入。
これには失敗し、軽四輪のコニーグッピーというクルマを作る。
これはある程度成功したが、退勢は如何ともしがたく、日本興業銀行繋がりで日産と
業務提携。
で、当時は川又天皇の時代で、大衆車に理解が無く、投資も行われず、生産設備と
不動産だけが、彼の目的で、遂には出資を仰ぎ、その子会社として再出発すること
に…。
今は、エルグランデとかそう言った、ミニバンとか商用車を主に生産している。

川西からの分かれとしては、もう一つ、明和自動車工業というのがあった。
これはオートバイのポインターが好調で、それを足がかりにオート三輪に進出。
アキツ号という商品名で、最初は順調だったものの、大手が進出してくると、もう息切れがして、
1955年に工場閉鎖。
三井銀行の斡旋で、ダイハツ工業に身売りし、ミゼットの生産工場となったそうな。


33 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/21 17:15 ID:???
あ、空技廠の技術者は、戦後の温存政策で、国鉄に大量に引き抜かれ、
鉄道研究所で働いていたはず。
新幹線を作ったのはそう言った人々じゃなかったかな。
後は、工廠の跡地を使った東急車輌にも何人かの技術者が就職している。

34 名前:1[age] 投稿日:03/06/21 17:26 ID:???
起業した 中島 に出資した川西社長だけどケンカ別れして
再度作り直した会社が川西ですよね。

各社の特徴とかも語っていきましょうか・・・

9 :再建者:03/07/10 19:37 ID:???
35 名前: [ ] 投稿日:03/06/21 17:50 ID:???
>>20は富士重工へ逝ってカレンダー
「ワールド・フェイマス・エアプレンズ」を
入手すべし。

・・・ちっともフェイマスではないが。

36 名前:名無し三等兵[あげるの] 投稿日:03/06/21 18:47 ID:???
エンジンメーカはまた別だからな

37 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 19:24 ID:???
>>19
>で、その中に入ってない、「具ラマン」「ノースろぷ」が生き残ってるってのも、
>また興味深いですね。

数年前ロッキードに買収されかかった。

38 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/21 19:38 ID:???
グラマンもすでに吸収済み。
ロッキード、ボーイングの二大体制ですな。後残っているのは何処だっけ?

アメリカ航空業界の変遷史は複雑なり。
第二次大戦の頃に企業規模が大きかったのは何処でしょうか?

10 :再建者:03/07/10 19:37 ID:???
39 名前:確かにヒコーキスレ、もうずっと大杉かも[ ] 投稿日:03/06/21 20:01 ID:???
3式戦闘機「飛燕」を語るスレhttp://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1055430003/
陸軍二式単戦ファンクラブ!http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1054919262/
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●ロマンに浸って●99式艦上爆撃機は美しい・・・http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1053773375/
傑作戦闘機 F6Fヘルキャットを認めるhttp://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1054118863/


偵察機関連のスレが一つぐらいあっても良いだろ?http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1056007866/
♪♪♪「水上機」「飛行艇」を語るスレ♪♪♪http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1054212414/
【海軍】飛行部隊について【陸軍】http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1055773778/
◆艦載機を語る◆   ★索敵●攻撃◎制空lIIIIhttp://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1053606006/


11 :再建者:03/07/10 19:38 ID:???
40 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 20:11 ID:???
飛行機好きは自然とそういったスレに目が行くだけ
気にしなければどうということは無い

41 名前: [] 投稿日:03/06/21 20:15 ID:vYNcfhnp
三菱へぼい
中島の方が零戦の量産に成功してるじゃねーか

42 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 20:15 ID:???

軍事と軍用機は切っても切れない関係なのだが

43 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 20:16 ID:???
>>41
そのかわり中島零戦は粗悪品で有名だった

44 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 20:31 ID:???
スレ違い承知だが、スバル360は戦時中飛行機を設計していた技術者が
知恵を絞って作った傑作。
モノコック構造をいち早く採用出来たのも、航空機を作った経験から。
こういうケースって結構あると思うけど、どうよ?
YS−11の設計に零戦で有名な堀越技師が関わってた、みたいな。

45 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 20:46 ID:???
>>44
ああ、それでか。
あの無駄に頑丈なYSの機体は、柔だひよわだと叩かれた零戦の復讐だったんだな。

12 :再建者:03/07/10 19:38 ID:???
46 名前: [ ] 投稿日:03/06/21 20:49 ID:???
79 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/21 10:04 ID:???
誰か航空機メーカスレ建ててください。

【開発】 航空機メーカを語るスレ 【生産】

とか、愛知は九六艦爆、九九艦爆、零式三座水偵とか
瑞雲とか流星とか面白いですね。

47 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/21 20:50 ID:???
川西の特色は水上機+大型OK?

48 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 21:22 ID:???
川西は元々旅客機の色が強いメーカー
同時に航空会社も経営していた

49 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 21:27 ID:AJNEtOog
>>44

YS11の基本計画のころの掘越さんは、ただのワカランチンの聞き分けのないジジィですた。主任設計技師の東条輝機さんがさんざん苦労しますた。
土井武夫技師がいろいろ面倒を見てあげたようでつ。

50 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 21:36 ID:???
>>43
逆じゃないの。「中島の零戦はイイ!」と元整備員
から聞いたことあるけど。

13 :再建者:03/07/10 19:39 ID:???
51 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 21:59 ID:xiiKMxgA
それにしてもどこも無くならずに生き残ってるのは凄い。日本的と言えば日本的だ。
油圧の技術を応用して、特装トラック部門を持ってるところが多いね。

新明和 http://www.shinmaywa.co.jp/
カヤバ http://www.kyb.co.jp/menu.html
愛知機械 http://www.aichikikai.co.jp/japanese/index_nn.html
富士重工 http://www.fhi.co.jp/index.html
日本飛行機 http://www.nippi.co.jp/1-3.html
渡邊鉄工(九州) http://www.watanabe1886.com/

52 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 22:15 ID:???
フェアチャイルドは名前だけ残ってる
設計や生産からは一切手を引いて今は航空機整備かなんかを受け持ってる下請け
みたいな感じになってたはず

ちなみに縮小原因は銃好きの社長が趣味が高じてアーマーライト社を設立したはいいが
ちっとも売れずに莫大な赤字を出して、親会社もろとも倒産しそうになったせいだとか……

53 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 22:15 ID:???
昭和飛行機や日本国際航空なんかですら、多少形を変えて生き残っている。
立川飛行機は土地建物の賃貸で食いつないでいるようだ。

54 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 22:18 ID:m6b4rVLp
新幹線0系と銀河と桜花は
形そっくり。
設計が同じ人だよね。
あれも、メーカー(空技廠だが)の生き残りの一種かなあ・・・

55 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 22:22 ID:???
0系はモスキートの影響を強く受けてるようだが

14 :再建者:03/07/10 19:39 ID:???
56 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 22:32 ID:AJNEtOog
零戦のフラッター問題を解決したシトと
新幹線における車輪ーレールの複合振動の問題を解決したシトは同じ。

57 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/21 22:36 ID:???
つうか、
国鉄時代のボンネットタイプ特急電車は、
戦前の重爆と形が全部似てるんだが・・・
やっぱ偶然じゃないんだね。
何せ、空技廠から5000人再就職したんだもんね。
国鉄に。

58 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/21 23:11 ID:dI1ldBor
でも今の三菱や富士重工の宣伝って
殆ど外人が乗ってたりするよね、
昔からそうなんだね。

59 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 00:05 ID:???
新明和のUS−1Aは二式大艇の正統進化という感じ

60 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/22 00:09 ID:???
>38
企業規模が大きかったのは、矢張り、Boeing、Douglassが二大巨頭。
次いで、Consolidated-Vultyくらいかな。

61 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 03:33 ID:???
>フェアチャイルドは名前だけ残ってる

捜してるのにないじゃない♪

15 :再建者:03/07/10 19:39 ID:???
62 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/22 05:07 ID:???
開発生産規模で言うと
三菱と中島の2強が突出してるよね
つづいて、川崎、愛知、川西、空技廠の4中
その他が弱小って感じ?

生産機数とかどうなってんだろうか

63 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/22 09:49 ID:???
戦前の資本金とか従業員数とかで比較できるかな
一部門の会社もあるし目安は生産機数?

64 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 11:04 ID:???
こんなにいっぱいメーカーあったんだもんなあ。

正式採用された機体を全部1機ずつ展示する
ミュージアムでもあればなあ・・・


65 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 11:45 ID:???
>>50
その整備員氏がよほどの変人か
寄る年波でアタマがボケてたのか
あなたが勘違いしてるのか、のいずれか

16 :再建者:03/07/10 19:40 ID:???
66 名前: [ ] 投稿日:03/06/22 11:57 ID:???
ttp://www.sam.hi-ho.ne.jp/ki-44/1/sou-kaisya.htm
↑の資料の昭和元年〜20年までの生産機数からの割合を計算してみる↓
(空技廠や広廠が入っていない?)

中島 24,100 29.4%
三菱 17,531 21.4%
川崎 11,348 13.8%
立川  9,690 11.8%
愛知  5,068  6.2%
九州  3,797  4.6%
日国  3,088  3.8%
川西  2,851  3.5%
日立  1,727  2.1%
日本  1,322  1.6%
富士  869  1.1%
昭和  618  0.8%
合計82,009 100%

17 :再建者:03/07/10 19:40 ID:???
67 名前: [ ] 投稿日:03/06/22 11:57 ID:???
同じページのもう一つの資料
           機体     発動機
中島飛行機  24,100 31.7% 44,160 31.9%
三菱重工業  17,522 23.1% 54,135 39.1%
川崎航空機  11,348 14.9% 13,880 10.0%
立川飛行機   5,396  7.1%
愛知航空機   5,068  6.7%
九州飛行機   3,797  5.0%
日本飛行機   3,088  4.1% 11,969  8.6%
川西航空機   2,851  3.8%
日本国際航空機 1,322  1.7%
昭和飛行機   618  0.8%
富士飛行機   869  1.1%
石川島航空機         2,286  1.7%
日立航空機          11,969  8.6%
松下航空機
広工廠(第11空廠)
日本小型飛行機
佐世保工廠(第21空)
横須賀工廠(空技廠)
美津濃
合計     75,979機   138,399基


今一網羅されていないような・・・

18 :再建者:03/07/10 19:41 ID:???
68 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 14:36 ID:???
大概の場合、新しい産業の黎明期ってのは、
1、最初の一時は、その発案者(企業)による独占。
2、でもすぐに技術の拡散、一般化によって、中小メーカが乱立状態となる。
3、メーカ乱立により競争激化。より高度な技術や市場ニーズに追従できないものは脱落。
4、生き残った企業は巨大化し、大企業ならではの高度技術や、大量生産による価格低下によって更に優位に。
5、中小企業の新たな参入は不可能になる。
ってなパターンが多くて、戦間期の航空産業、特にヨーロッパは2〜3の状態じゃないかな。
最近の日本では、電卓(コンピュータ)産業が同じ様なステップを踏んでいた。

69 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 14:47 ID:???
で、中でもフランスはごった煮状態。
自分は船メインだが、そんな自分でもこれくらい知っているので、実際はもっと凄いのだろう。
Amiot, Bleriot-Spad, Bloch, Breguet, Caudron, Dewoitine, Farman, Hanriot, Latecoere, Liore-et-Olivier,
Loire-Nieuport, Mureaux, Morane-Saulnier, Nieuport-Delage, Pierre-Levasseur, Potez
これを本当に全部使ってたの?と思ったが、どうやら本当に全部使っていたらしい。
ttp://france1940.free.fr/adla/ada_may.htm

70 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 14:52 ID:???
おまけ
イタリアーノ
Ambrosini, Breda, CANT, Caproni, Fiat, I.M.A.M., Macchi, Piaggio, Reggiane, Savoia-Marchetti
メーカとはちょっと違うが、ソビエツカヤ−ロシーヤ
Antonov, Beriev, Ilyushin, Lavochkin, Mikoyen-Gurevich, Petlyakov, Polikarpov, Sukhoi, Tupolev, Yakovlev

19 :再建者:03/07/10 19:41 ID:???
71 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 16:08 ID:???
ノースロップ・グラマンは航空機をあきらめ、船に生きる道を選んだのかな?

72 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/22 20:22 ID:1+cDxrjs
>67

萱場の「カ号」観測機は航空機ぢゃないんですか?
満州航空機は、日本の航空機会社ぢゃないか、、。

73 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/22 20:31 ID:QIXjaOji
萱場は、まあそうだが、広い意味では飛行機でいいのでは?
満州飛行機は、確かに陸軍の練習機とか作ったり、疾風の
改造型を作ったりした。
川西、愛知は海軍系で立川とか陸軍系だね。川崎も海軍機は
何気にあんまりないね。てゆうかあるかな?

74 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/22 21:39 ID:???
川西は規模的には小さかったんだな

75 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/22 21:43 ID:QIXjaOji
まあ飛行艇とあメインだからね。
紫電・紫電改を引いたらもっと少ないね。
二式も97式もそれぞれ200機も作ってないし。

76 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/22 21:44 ID:1+cDxrjs
零戦とその派生品を製造していたのは

三菱、中島、九州、ぐらい?昭和、日立、日本あたりは練習戦闘機を作っていない?

77 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/22 21:44 ID:???
零式三座水偵が稼ぎ頭?

20 :再建者:03/07/10 19:41 ID:???
78 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/22 21:48 ID:1+cDxrjs
川西製零式3座水偵のフロートは張り線を廃止して
脚柱4本で支持した。

79 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 22:43 ID:???
>66他
日本飛行機は日飛って略してくれっす(公式の略称だよ)。
日本って略されると国家の方と混乱する。

80 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/22 23:09 ID:???
利益率とか飛行艇が高そうだが。

21 :再建者:03/07/10 19:42 ID:???
81 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/22 23:57 ID:???
昭和13年のエコノミストより

社名        公称資本金(千円) 払込資本金(千円)  事業内容
三菱重工業       120,000         75,000      機体、発動機、プロペラ部分品、付属品
住友金属工業      100,000         62,500      プロペラ
川崎航空機        50,000         35,000      発動機部品、機体、プロペラ、部分品、付属品、発動機、同部分品。
中島飛行機        20,000         20,000      機体、プロペラ、部分品、付属品、発動機、同部分品。
東京石川島造船所   16,000         12,000      発動機、部分品
愛知時計電機      15,000          5,320       機体、発動機、プロペラ、部分品、付属品
立川飛行機        13,000          6,250       機体、発動機、部分品、付属品
東京瓦斯電工      12,000         12,000       機体、発動機、部分品
渡邊鐡工所         6,000          3,750       機体、部分品
川西飛行機         5,000          1,250       機体、発動機、プロペラ、部分品、付属品
日本飛行機         5,000          2,750       機体、部分品
日本楽器製造       4,000          4,000       プロペラ
東京航空          2,650           662       機体、部分品、付属品
東京飛行機         500 500       機体、部分品
伊藤飛行機          500           500       軽飛行機、木製プロペラ

22 :再建者:03/07/10 19:42 ID:???
82 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/23 00:07 ID:???
ずれた(鬱。

それ以外の航空機製造会社(部品業者)

社名          資本金(千円)      主要製作品
東亜企業         300            航空機材
東京製作所       100            風洞、航空機部品、プロペラ
各和製作所       600            航空機部品
田中鐡工所        80            航空機部品
萱場製作所       800            飛行機脚緩衝装置、発着用器
大金工業所       200            航空機部品
堤方製作所       400            軍用航空機器
松尾螺子製作所    500            航空機部品
松尾工場         300            機体部品、発動機部品
近藤製作所       550            航空機材精密機械器具
帝国精密工業     3,000             航空機及び同部分品
朝比奈鐡工所     不明            機体部品、発動機部品
昭泰製作所       不明            航空機用内燃機関
昭和飛行機工業   30,000            各種飛行機並びに部分品
正田航空機       4,000            航空用発動機
伊藤飛行機製作所   100            航空機及び同部分品
日本小型飛行機研究所 30            小型飛行機、航空機用計器

23 :再建者:03/07/10 19:43 ID:???
83 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/23 10:48 ID:???
>>61
探し方が悪いだけだろ……
http://www.fairchild.com/

84 名前: [age] 投稿日:03/06/23 11:00 ID:???
愛知の飛行機は特色があるよね

85 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/23 11:01 ID:???
>>61
俺は分かったぞ、YOUの言いたいこと
スレどころか板違いにつきsage

86 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/23 11:16 ID:???
満飛が戦闘機を作り出したのは何でだろ?

87 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/23 11:36 ID:???
>86
現地日本陸軍首脳の方針

88 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/23 13:45 ID:VZbzoYys
理化学研究所の子会社、理研工業がピストンリングを製造していたよ。

89 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/23 14:54 ID:???
良いプロペラメーカーがあったらな・・・

90 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/23 18:16 ID:???
>>85
すまないが>>61が言いたいことって何なのかがわからん
良かったら教えてくれ……

24 :再建者:03/07/10 19:43 ID:???
91 名前:85[sage] 投稿日:03/06/23 18:25 ID:???
昔あったのよ、そういうバンドが。61のはそのバンドの(比較的)有名な歌の歌詞
(ちなみにボーカルが現在バラエティなどで活躍中のYOU)

92 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/23 20:23 ID:VZbzoYys
佐貫亦男がいたぢゃないか>89

93 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/23 20:27 ID:???
愛知のボンボン時計持ってるよ。社名は愛知時計電機のままだけどもう時計は作っていないらしい
近所に旧愛知飛行機のテスト飛行場跡地(その後海軍に接収されて特攻隊が飛び立ったらしい)がある

94 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 00:50 ID:???
>>85軍事関連が入ったバンド名及び曲名を語るスレというのは、
軍事板ではとうの昔に既出ですか?

95 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 01:16 ID:???
>>94
無いと思う
あると面白いけどなIronMadenなんか軍事系の曲多いし

96 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/24 07:05 ID:AK+AM/Vr
川崎の特徴は?
なんで海軍機作らないの?

97 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/24 07:25 ID:B6tBDCga
えっちぃりんく
http://www.k-514.com/html/erolink.html

25 :再建者:03/07/10 19:43 ID:???
98 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 08:03 ID:???
>>89 >>92
>佐貫亦男がいたぢゃないか

あのセンセイは日本楽器の社員でしょ,"メーカー"じゃない.
戦後,優れたエッセイを沢山書いていてヲレも好きな人だけど,プロペラの
設計者といっても"プロペラブレード"の設計者だし.可変ピッチ機構につい
てはドイツにVDMとユンカースの導入研修に行ったところで時間切れ.
(カメラのエッセイに見るように,メカニズムには鋭いひとと思うが)

確かに作品として,航研機(根元幅が500mmあって静止推力が大きい),97戦
(固定ピッチなのに根元部まで独特の断面で広速度域に対応),戦後の気象
庁の風向風速計の羽(今でも使われてる)と有名どころが多いが,センセイ
自身が,設計云々以前に,大戦中の日本の加工技術と精度ではでは,マトモな
精密機械は不可能だった,と繰返し嘆いている.優れた設計者と優れたメー
カーは別のハナシだと思うぞ.

99 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/24 10:55 ID:???
川崎の飛行機で海軍で採用したケースはなかったっけ?
確か試作には参加していたと思ったけど。

100 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 11:05 ID:???
100!

101 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 11:07 ID:???
九七戦のペラって2段切り替えじゃなかったっけ?

102 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/24 11:45 ID:???
紫電も他社生産してた?

103 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 11:49 ID:???
してない

26 :再建者:03/07/10 19:44 ID:???
104 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/24 12:00 ID:???
戦争中に川西の生産ラインは主に何を作っていたんだろ?



105 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 12:03 ID:???
だから紫電

106 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 12:06 ID:???
>>101
97戦は,地上で調節できる固定ピッチ.羽カフスの根元にワリがはいっていて
ボルト緩めて角度変更ができた.これは2段切り替えとも言わない.

満飛に移行したあとの二式高等練習機の勘違いではないかな.コイツは確かに
油圧の2段可変ピッチ.2ブレードと3ブレードがあった模様.エンジン積替え
ていて機首が長いので,気をつけてみれば,写真でも判定はできるぞ.


107 名前: [あげ] 投稿日:03/06/24 18:22 ID:???
立川飛行機は愛知を抜いて7%のシェアとは驚き。
一応エンジンも作っていたのはしっているが、代表機って・・・

108 名前:-竹寺白宮業[] 投稿日:03/06/24 18:34 ID:burQu15m
>>104

愛知の開発した零式3座水偵を生産していますた。
フロートに張り線のないやつ

109 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/24 18:35 ID:burQu15m
ロッキード輸送機>107

27 :再建者:03/07/10 19:44 ID:???
110 名前: [age] 投稿日:03/06/24 21:06 ID:???
川西は紫電が出るまで屈辱的だな

111 名前:なでるくん[] 投稿日:03/06/24 21:09 ID:XtfXO71T
他に
立川95式初歩練習機
立川95式中間練習機
立川98式直協偵察機
立川99式高等練習機
立川一式双発高等練習機
など

一式双発高練はかっこいい

112 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 21:44 ID:???
>>111
資料みたら結構作ってるね。95中練2400機とか。
練習機って意外と需要が大きいんだね。立川じゃないけど赤トンボなんか約5600機も作ってるし
手元の資料がロクなもんじゃないんで、全部の機数はかんべん。


113 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/24 22:08 ID:???
>>71
northopは造船(軍艦メインだが)、航空機用電子機器、
宇宙開発事業に活路を見出したようです

28 :再建者:03/07/10 19:44 ID:???
114 名前:なでるくん[] 投稿日:03/06/24 22:22 ID:XtfXO71T
ロ式輸送機・・・45機
95初練・・・・・・660機
98直協・・・・・・861機
99高練・・・・・・1075機
1式双高練・・・・1342機

数はこんなもんだがロ式輸送機と98直協、99高練は川崎でも生産されている
川崎ほどの会社に生産回してやる立川って実は凄く偉いのかも

115 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/24 22:35 ID:RhNmmNWj
>>110
九四式水偵

ビジネスジェットのガルフストリームはグラマン系


116 名前:通常のスカッドの三倍[sage] 投稿日:03/06/24 22:48 ID:???
メーカひよこ

117 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/25 01:36 ID:???
川西は飛行艇/水上機メーカーだから。
紫電に名前を汚して、紫電改で必要以上に褒められたが、
あんまり紫電改は有名でもそのメーカーが川西って
認識が薄くないか?
三菱零戦、中島隼、疾風とかと違って。

118 名前: [age] 投稿日:03/06/25 11:36 ID:???
水上機メーカって言っても結構他社に食われてるのでは?

29 :再建者:03/07/10 19:45 ID:???
119 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/25 11:40 ID:???
>>115
ガルフストリーム社はグラマンとは無関係だよ
名称使用権を買っただけ

120 名前: [age] 投稿日:03/06/25 15:43 ID:???
チャンス・ヴォードも分かりにくいですね。
前がシコルスキー?

121 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/25 18:07 ID:???
B-2を作ってるのはノースロップだよね?
昔から全翼機スキーなメーカーだったし。

122 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/25 18:55 ID:???
戦前・中の米国航空産業界には航空コングロマリットのユナイテッドが力を持っていて
傘下の企業の再編成が度々あったようだ。
ボ−トは戦前の一時期シコルスキ−と同一会社で、ボ−ト・シコルスキ−社だった。
戦記物でF4Uをシコルスキ−と書くのがあるのはこのせい。
その後は、チャンス・ボ−ト→テムコ・ボ−ト→LTVと変わって最終的に名前が消えた。

123 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/25 19:01 ID:yTXVE4AR
>>120
いろいろ変わってるみたい。
チャンス・ヴォートが戦中にシコルスキーと合併してヴォート・シコルスキーになって、
また解消してチャンス・ヴォートに戻ったり。

124 名前:名無し三等兵[あげ] 投稿日:03/06/25 19:43 ID:???
日本メーカはあまり離合集散していない?

125 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/25 22:52 ID:???
イリューシン・ツポレフ・アントノフが何故でてこない

30 :再建者:03/07/10 19:45 ID:???
126 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/25 22:59 ID:???
>>124
戦前・戦中の話なら文句なくイエス。戦後でもイエスだな。
それだけ日本の航空機業界が、「官」の影響抜きでは考えられないってこと
・・・でいいのかな?戦後はあまり詳しくないので

127 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 10:23 ID:???
かなり適当だが各社のキャッチ

水上機の川西
楕円翼の愛知
練習機の立川

三菱と中島は大手すぎて思いつかない、技術力と生産力?

128 名前: [ ] 投稿日:03/06/26 10:38 ID:???
ナチに振られるハインケル

31 :再建者:03/07/10 19:46 ID:???
129 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/26 11:03 ID:???
他国の日本のメーカーへの影響力という点から鑑みると、

三菱の小型機は、英国系でソッピース、ブラックバーンの系譜を引いている。
大型機は独系でユンカースかなぁ。

中島の小型機は、海軍機は英国系で、グロスターとかブリストルの系譜。
陸軍機はフランス系でニューポール系だろうか。
後に、ヴォート、ダグラスの技術を導入して、米国系にシフト。
大型機はモロに、ダグラス系。

愛知は、ハインケルの系譜。
川崎は、ドルニエの影響が強い。
川西は…何だろ。ブローム・ウント・フォス?いずれにしても独系かな。

立川は、ハンドレページとかデハビランド、それから、ロッキードか。

130 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 11:05 ID:???
>>126
戦後はGHQによる財閥解体や航空機開発禁止の影響で
会社自体バラバラになったり、終戦後食い繋ぐ為の副業だったのが本業になったり…
特に油圧関係、エンジン製造やって多くの板金職人抱えていたから輸送機器関連が多い

中島飛行機なんて荻窪が立川飛行機とくっ付いてプリンス自工(後に日産と合併)
横須賀が今はトヨタ系列の関東自動車。
本体の群馬と宇都宮、大宮など旧中島同士がくっ付いて富士重工。
その他、建設機械製造をやっている会社もある。

131 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 11:24 ID:???
戦闘機のグラマン

32 :再建者:03/07/10 19:46 ID:???
132 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 11:25 ID:???
>131
違う。飛行艇のグラマンが正解

133 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 11:36 ID:???
急降下のカーチス

134 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 11:36 ID:???
輸送機のダグラス
大型爆撃機のボーイング

135 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 11:44 ID:???
フィアットとかマッキとかレジアーネの解説希望 

136 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 11:46 ID:???
あと、ピッコロ社も(w

137 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 11:53 ID:???
フィアット 事実上イタリア唯一の自動車メーカーにして倒産寸前
マッキ   イタリアが誇る中軽量級バイクメーカーにして既に倒産
レジアーネ イタリアが誇る機関車(SL)メーカーにしてとうの昔に消滅


138 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 11:55 ID:???
全翼機のノースロップ

不採用のノースロップ

139 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 11:56 ID:???
造船所の作る飛行機に萌えーり

33 :再建者:03/07/10 19:47 ID:???
140 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 11:58 ID:???
三角翼で有名なメーカはどこだっけ?

141 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 11:59 ID:???
ピッコロ社 モー娘。バブル崩壊とそれによる倒産におびえるアップフロントグループが
       死に体のキングと組んで立ち上げたレーベルで童謡やフォークカバーや
        謹慎から復帰した元メンバーの新譜を次々発売するも全部ダメでまもなく
         解散するであろうと予測されている


142 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 12:00 ID:???
コンベア?

143 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 12:01 ID:???
レジアーネはまだあるかも


144 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 12:11 ID:???
ベルトのコンベア

145 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 12:13 ID:???
>>144
修行が足りぬ

146 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 12:17 ID:???
>>145
ダッテオモイツカナッカッタンラモン

34 :再建者:03/07/10 19:47 ID:???
147 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 12:22 ID:???
せめてコンベアで大量産くらい言え。

   面白くないけどな。

148 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 13:46 ID:???
サスペンションとかの「カヤバ」ってオートジャイロ作ってたねむかし

149 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 14:33 ID:???
>>139
やっぱ木工船会社のデ・ハビラントでしょう
飛行機ですら木で作ってしまうコケシ職人のような会社

150 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 14:48 ID:???
>>129
川崎は,ドルニエの設計技師だったフォークト博士を呼んでますからね.
フォークト博士が帰独後にハンブルガー/ブロムウントフォスでユニークな
機体を連発したほうが有名ですが.

川西は,初期の水上機が"ドイツ・北海式"と書かれたもの(確か丸メカ
の佐貫亦男氏の文章)があったし,ハンザ・ブランデンブルク型の双フロー
ト機がいくつかあったような.


151 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/26 14:56 ID:???
サーブは自動車も戦闘機も作ってるな。

152 名前:名無しAPG ◆yvNqrnvsYY [sage] 投稿日:03/06/26 15:20 ID:???
>>140
ダッソー?

35 :再建者:03/07/10 19:48 ID:???
153 名前:なでるくん[] 投稿日:03/06/26 19:58 ID:67ufY0zY
フィアット(現アエリタリア)はトーネードの機体とエンジン両方に参加してるので
しばらくは安泰かと

ついでにこんなサイト発見
ttp://www2s.biglobe.ne.jp/~l-city/data/death/itari0.html

154 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/26 20:01 ID:qzfoIwcW
川西と関係が深いのはは英ショート社


155 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/26 21:03 ID:qzfoIwcW
>>148
ていうか散々だった脚柱メーカーが今では・・・・

156 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/26 22:02 ID:P9WDCHHj
松下電気の子会社が木製練習爆撃機「明星」を生産していたのは笑えた。

157 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/26 22:14 ID:???
>>150
そのハンザ・ブランデンブルグ水上偵察機は、愛知と中島で三菱製発動機
(イスパノ・スイザ)を取り付けて生産された訳で。

ハンザ式の機体は民間用のK-5〜K-8の系譜ですね。
K-6はゲッティンゲン大学航空研究所の資料を基に製作。

飛行艇は確かにショートの系譜と広工廠のワグナー式の独系を汲んでいるん
だけど、小型水上機は、何処の影響か判らないなぁ。

36 :再建者:03/07/10 19:48 ID:???
158 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/26 23:52 ID:???
米国の航空機会社は、
ボ−イング
ロッキ−ド・マ−チン
ノ−スロップ・グラマン
の三社に集約されてしまったわけだが、この中ではマ−チンっての
が目立たないがしぶとかったんだなと思う。
主力となるような有人機のメインコンストラクタ−からは五十年代
に撤退したようだが、ロケットやミサイルで稼いでいたらしい。

159 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 01:01 ID:???
>>157
精緻な指摘,ありがとうございます.ハンザ・ブランデンブルク水偵に
ついてはイスパノつながりでしたね.勘違いしておりました.
川西の飛行艇は,確かにショートのカルカッタ系なんかもあるけど,広廠
の15式(?)あたりの外形見ると,厚翼単葉のイメージはモロにワグナー
ビームの匂いですが,小型機は創始者が手がけていた時期は,ゲッチンゲン
系の影響を受けながらも,少々日本機離れしたオリジナリティという気も.
初期の川西式競速機なんか,冷却機配置なんかメチャ大胆ですし.
94式(?)特偵あたりの,タワー型ラジエーターにその名残があるようにも
感じますね.


160 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 01:08 ID:???
ノースロップグラマンももう死に体だろ

161 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/27 08:52 ID:???
メッサーシュミット社は営々細々・・・

162 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/27 09:29 ID:wYtWOhOh
●●●マスコミの盗聴、盗撮は許されるのか?●●●
http://natto.2ch.net/mass/kako/974/974478132.html

37 :再建者:03/07/10 19:49 ID:???
489 名前: 文責:名無しさん 投稿日: 2001/04/11(水) 17:25
一般人なのに盗聴される、じゃなくて、「一般人だから盗聴される」んじゃないのかな?
基本的にネタ集めのためにやってんなら、有名人のネタを盗むと、有名人は告発できるし、
そんなことされても当たり前だと思われるので告発しても信じてもらえる。
そうでない人は、ここの途中の書き込みにもあったように「電波」扱いされるだけ。

ただで、ネタを仕入れるんなら、一般人に限るでしょう。
マスコミは自分らの無能さを恥じてほしいです。

ちなみに私が盗聴されはじめたのは、芸能人にストーカーされ始めてからでした。
そこからマスコミに広がって行った。
だから余計「妄想」とか思われそう。
友人に話したら完全に病気扱いされた。ストーカーって言葉がない時代だったしね。   
書いておいておいた小説のネタが、他人の原作でドラマ化されたときにはきれまくっ
たなあ。(一度や二度のことじゃないけど) 

163 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 11:39 ID:???
>161
イギリス以外の欧州メーカーは事実上1社に統合された(と言い切っていいものか…
あっちの会社関係の法律は日本やアメリカとは全然違うらしい)

164 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/27 13:41 ID:???
ドイツのメーカー攻防史を解説してくれー
ユンカースはエンジンもやっていたが戦後はよく聞かないな。

165 名前:名無し三等兵[ ] 投稿日:03/06/27 13:50 ID:???
そういえばイタリアで世界で2番目にジェット機飛ばしたメーカーはどんなバックグランドか知らねーな。

38 :再建者:03/07/10 19:49 ID:???
166 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 13:54 ID:???
European Aeronautic Defence and Space Company(EADS)について
 European Aeronautic Defence and Space Company(EADS N.V.)はヨーロッパ最大であり、
かつ世界第3位の宇宙航空防衛企業です。EADSは、設立パートナーである
Aerospatiale Matra S.A.(フランス)、
Construcciones Aeronauticas S.A.(スペイン)、
DaimlerChrysler Aerospace AG(ドイツ)
と事業を展開しています。EADSは、商業用航空機(Airbus)、
商業および軍事用ヘリコプター(Eurocopter)、商業用宇宙発射
装置(Ariane)およびミサイルのトップ・メーカーであり、軍事用
航空機、衛星、防衛エレクトロニクスの分野においてもリーディング・
サプライヤです。87,000人の従業員を有し、フランス、ドイツ、スペ
インに90以上の拠点を配しています。
http://www.tecnomatix.co.jp/news/news010125.html



167 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 13:56 ID:???
>164
と、いうことで
EADS→DaimlerChrysler Aerospace AG→MBBと遡ることはできる
それ以前はよぅわからん

168 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 14:24 ID:???
MBBはメッサーシュミット・ベルコウ・ブロームだから、
メッサーシュミットとブローム・ウント・フォスまではたどれる。ベルコウはなんだ?

169 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 14:43 ID:???
>168
ヘリや地対空ミサイルを造っていた会社らしい
ベルのドイツ子会社かな?

39 :再建者:03/07/10 19:49 ID:???
170 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 15:04 ID:???
欧州は凄い統合ぶりだな。
BAeもボーイングとくっつくみたいだし。
日本が統合するとしたらどうなるんだろう。

171 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 18:33 ID:???
>>156
松下幸之助が当時の軍からの要請で率先して立ち上げたと社史に書いているぞ。

172 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 18:42 ID:???
大西中将から直々に頼まれたから断れずに・・

173 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 19:12 ID:???
ユーロコプターがなにもかもを飲み込んでる・・・

174 名前: [age] 投稿日:03/06/27 20:46 ID:???
じゃまぁ、発動機メーカーに話題を移してみませうか。
こちらは結構な生き残り具合です。

175 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/27 21:19 ID:???
ネピア、ブリストル、ノームローン、ライト、P&W、アリソン、
ロールスロイス、熱田、イスパノスイザ、三菱
どこも健全な状態では生き残ってませんな

176 名前:168[] 投稿日:03/06/27 21:52 ID:NoBbiO6m
BMW、ダイムラーベンツ、他は…

177 名前:176[] 投稿日:03/06/27 21:55 ID:NoBbiO6m
↑168さんではありません。スマソ

178 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/27 21:56 ID:???
フィァット、アルファロメオ、クリモフ、ミクリン、ユンカース

40 :再建者:03/07/10 19:50 ID:???
179 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/28 08:47 ID:???
日立(瓦斯電)

180 名前: [age] 投稿日:03/06/28 09:37 ID:???
天風

181 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 09:54 ID:???
そう言えば、神戸製鋼所が阪大と組んで、テ号観測機を試作したけど、
あれ、実際に採用されたら何処で生産する予定だったんだろう。

確かに、神戸製鋼所はアルグス発動機のライセンス生産してたけど、そこで
生産するつもりだったのかなぁ。

182 名前: [age] 投稿日:03/06/28 10:11 ID:???
陸海軍に跨って生産された機種もわずかだがあるね。
神風号とか4式重爆とか。

183 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/06/28 10:21 ID:ImCGhqc/
ユングマン

184 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/28 10:39 ID:???
4式重爆って海軍で使われたか?
海軍の部隊の指揮下に陸軍の部隊が一時的に入っただけじゃなかったっけ?

185 名前: [age] 投稿日:03/06/28 10:50 ID:???
日本: 中島、 三菱、 川崎、 愛知
ドイツ: DB、 ユンカース、 BMW
イタリア: フィアット、 アルファ・ロメオ、 ピアジオ
アメリカ:  P&W、 ライト、 アリソン
イギリス:  ロールス・ロイス、 ブリストル、 ネピア
フランス:  ノーム・ローン、 イスパノ・スイザ

41 :再建者:03/07/10 19:50 ID:???
186 名前:排気タービン付G[] 投稿日:03/06/28 10:52 ID:4J7h7Gp5
メッサーシュミット社かフィアット社、
戦後すごい三輪車出してたな。
前が二輪のやつで、プロペラが先っちょに付いてるやつ。


187 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/28 12:57 ID:???
>>186
プロペラは付いてないが、これの事か?
ttp://plaza.across.or.jp/~corofi/mes5.html

188 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 13:16 ID:???
うぐぅ。
>164の問いに答えようと、三時間掛けて、ドイツのメーカー興亡史書いてたら、
かちゅが飛んだ。

もうダメポ。

42 :再建者:03/07/10 19:50 ID:???
189 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 13:18 ID:???
良かった。ログは残ってた(^_^;。

>164
Adlerは、自動車メーカーで、1934年に軽飛行機を作っていたFrankfurter Flugzeugbau Max Generの
会社を譲り受け、第二次大戦中は、BFW社の下請けとして、Bf-109等を生産。

Arado Flugzeugwerkeは第一次大戦中の軍用機メーカーFriedrichshafenの子会社として
1918年に設立。
戦後、1925年にArado-Handelsgesellscaft(アラド商事会社)に社名変更。
1933年に社名変更。

Messerschmitt A.G.は、言わずと知れた、第二次大戦ドイツ航空機メーカーの一方の雄。
1926年に、元々第一次大戦中の軍用機メーカーだった、Bayerische Rumpler Werkeを
基に戦後軽飛行機を製作する会社に転身したUdet Flugzeugbauを買収。
それをBayerische Flugzeugwerkeとして、1923年にMesserschmittが作った自社工場を、1927年9月
に買収。
その後、Messerschmittはその試作部門として存続。
また、この間、Bayerische Moteren-Werkeも吸収している。
1938年に、社名変更。

Blohm & Vossは、ドイツ最大級の造船メーカーの航空機部門として、1933年にかのVogt技師を
招いて設立。
最初の社名は、Hamburger Flugzeugbauで、大戦直前に本社に統合。

Bucher Flugzeugbauは1933年10月創立。
社長のBuckerは海軍のパイロットで、戦後はSwedenのSvenska Aero A.B.の社長。

43 :再建者:03/07/10 19:51 ID:???
190 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 13:19 ID:???
Fieseler Flugzeugbauは、曲芸飛行士だったG.Fieselerによって1930年に設立。

Focke-Wolf Flugzeugbauは、1924年1月にH.FockeとG.Wolfによって設立。
1931年9月に倒産に瀕した第一次大戦中の軍用機メーカーAlbatross-Flugzeugwerke
を合併。
1931年末にSpainのCiervaからAutogiroに関する特許を購入し、Fw-61を製作後、ヘリ
専門メーカーとして、Focke-Achgelisを設立。

Gotha Wagonfabrikは、元々鉄道車両工場。
第一次大戦中には大型軍用機に参入したが、1918年、敗戦により一時撤退。
1930年代に再参入。

Ernst Heinkel Flugzeugwerkeは、1922年設立。
統合とか、社名変更は特になし。

Henschel Flugzeugwerkeは、1933年に機関車製造メーカーのHenschel & Sohnの
航空機製造部門として設立。
本来は輸送用航空機に特化したメーカーとなる予定だった。

Junkers Flugzeug und Motorenwerkeは、1910年にProf.Junkersが全金属製全翼機
の特許を取得したことから始まる。
1913年、小型船舶用Diesel engine製造工場を設立し、Junkers Mokerenbauとなる。
翌年、航空機用エンジンに進出。
1915年に、全金属製航空機の製造を開始し、Junkers Flugzeugを設立。
戦後も、航空機製造を続けたが、Hitler政権になると、その主導で1936年に発動機と
航空機を合併し、半官半民のメーカーとなる。

Leichtflugzeugbau Klemmは、1919年、Klemm-Daimler軽飛行機をDaimler-Werkeで
開発した、H.Klemmがその飛行機会社を引き継いで、1927年に設立。

Siebel Flugzeugwerkeは、Flugzeugwerke Halleを社名変更したもの。

44 :再建者:03/07/10 19:51 ID:???
191 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 13:19 ID:???
航空エンジンメーカーは…。

Argus Motorenは、1902年に自動車製造メーカーとして設立。
1906年にドイツ最初の4気筒航空機用エンジンを製作し、第一次大戦中は最大のエンジンメーカー
の一つとなる。
第一次大戦後は一旦航空機用エンジンから撤退したが、1928年に再参入。

BMW Flugmotorenbauは、1916年にBeyerische Motoren Werkeとして、航空機用エンジンメーカー
として6気筒水冷エンジンが主に製造された。
戦後は、航空機用エンジンの開発が叶わなかったので、戦後の一時期、Gathaer Waggon Fabrikの
為に、鉄道車両用圧搾空気ブレーキを製造。
その後、Bayerische Flugzeug Werkeによって買収され、エンジン製造部門となり、1935年にBMW Flugmotorenbau
に社名変更。
1939年に、第一次大戦中の軍用機メーカー、Siemens Schkeltを継承した、Siemens Apparate und Maschinenの
航空機用エンジン製造部門で、1936年に分社化したBrandenburgische Motorenwerkeと合併。
この会社が、BMW Flugmotoren-werkeを継承した。
なお、Brandenburgische MotorenwerkeはBMWのBramo部門となり、再び分社化され、B.M.W. Flugmotoren-Werke
Brandenburgとなる。

Daimler-Benz Aktiengesellschaftは、1926年にDaimler Motoren Gesellschaftと、Benz & Cieとの合併で作られた
もの。
両方とも世界で最も古い自動車メーカー。

Hirth-Motorenは、1924年、戦前からの著名なPilotだったH.Hirthによって、1924年に設立された、
Versuchsbau Hellmuth Hirthが母体。
工場が拡張され、1931年にHirth-Motorenとなるが、1938年に彼の死により会社は宙に浮く。
しかし、Heinkelの注目するところとなり、1941年に漸く買収。
以後は、Heinkelのエンジン部門として、Ernst Heinkel Aktiengesellschaft Werk Hirth-Motorenとなる。

45 :再建者:03/07/10 19:52 ID:???
192 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 13:21 ID:???
第二次大戦後残ったのは…。

Dornierがまずスペインで再起し、後に西ドイツに移転して軽輸送機、大型輸送機、
VTOL機の開発を行い、Deutche Aerospace(DASA)となる。
なお、Dornierのスイス支社は、1948年にFFAとなり、軽飛行機を主に製造してきたが、
後にドイツに設立された、Flugzeug und Faserverbund Technologie(FFT)に開発が
引き継がれている。
余談ながら、Dornier博士の長男が、Dornier Compositeと言う新会社として立ち上げて
飛行艇を開発していたりする。

Focke-Wolfは、クルト・タンクが国外に去った後は、イタリアの軽飛行機、
Piaggio P.149を製作し、糊口を凌いだ後、VAKと社名変更。
後に、VFWとなって、VFW-Fockerとなったのかな。

Klemmは残り、相変わらず軽飛行機を製造するが、後にBoelkow-Entwicklungenに吸収される。

Blohm & Vossは、Hamburugerとして再び発足し、戦後、西ドイツでフランス製のNord Noratlas輸送機の
国産化を行い、再び、Blohm & Vossに社名変更。

Heinkelは、一時期自動車製造を行った後、Fouga CM-170 Magister練習機の国産化に着手、その
発展型CM191を開発。
Messerschmittも同じく、自動車製造に参入し、Fouga CM-170 Magister練習機の国産化を行い、F-104G
のライセンス生産を実施。

Siebelも軽飛行機メーカーSIATとして存続。
Buckerは1967年に、Bucker Aero Technikとして復活。

Blumeと言う会社は、何が母体になったか不明。
その後Rhein-Flugzeugbau(RFB)になった様な…。

46 :再建者:03/07/10 19:52 ID:???
193 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/28 13:21 ID:???
Messerschmittと、Heinkel、そして、BoelkowはEntwicklungsring-Sudを形成し、それが中心となって、
それを母体にBlohm & Vossも吸収してMesserschmitt-Bolkow-Blohmに収斂。
また、戦後設立したLFU、戦前からあったSiebelもこれに吸収される。
これが今のEADSになったんですっけ。

なお、Junkersは、東ドイツに工場があった関係で生産設備が殆ど接収されたが、VEBと言う国営航空機
工場がそれを母体に設立され、Il-14の生産の他、Jumo112を基にした国産ジェットエンジンを用いたジェット
旅客機を試作している。

194 名前: [age] 投稿日:03/06/28 14:18 ID:???
眠い人さん
 どうもありがとうございます。勉強になります。

195 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/28 18:20 ID:???
眠い人氏、激しく乙でし!!
こりゃ保存版だわ。

196 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/28 19:27 ID:???
>>189-193
お疲れ様です.保存版ですね.

197 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/28 23:15 ID:???
良スレだな

198 名前:ツェッペリン伯爵[sage] 投稿日:03/06/29 00:49 ID:???
どうせ僕は空の異端者・・・byツェッペリン硬式飛行船製造会社

47 :再建者:03/07/10 19:53 ID:???
199 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/29 02:42 ID:???
>198
おりょ?
分割した際に、落っこちてしまった(苦笑。

Dornier Metallbautenは、主任設計者のDornierが、Zeppelinの支援を受けて全金属製
飛行艇を製作することに始まる。
その後、Zeppelin Werk Lindauの後継会社として、1922年に設立。
1930年代にDornier-Werkeに商号変更。
ちなみに、スイスには、A.G. Fur Dornier-Flugzeugeと言う、Dornierのダミー会社があり、
1926年からずっと営業を続けています。

本家の方、Luftschiffbau Zeppelinは、1900年に設立。
1918年の第一次大戦終了後のVersailles体制で、一時製造を中止し、Dornierに移管。
1924年に活動を再開し、飛行船の製造を再開。

JunkersはSwedenに、1933年まで支社を設けていました。
陸軍の九三式重爆、双軽爆の基になったK.37、Ju-87の基になった、K.47はこの会社の
製造です。

後、落ち穂拾いで、Weserと言うのがありました。
Weser Flugzeugbauは、1934年4月に設立された、Deutsche Schiff & Maschinenbauを起源とし、
第一次大戦中の飛行艇メーカー、Rohrbach Matall-Flugzeugbauを引き継いでいます。
第二次大戦では、Ju-87の部品製造などを行っています。

あと、Agoと言うメーカーがBf-109の生産を行っていましたが、このメーカーの詳細は漏れは
判らなかったです。

気が向いたら、イタリア逝っとく?

48 :再建者:03/07/10 19:53 ID:???
200 名前:名無し三等兵[age] 投稿日:03/06/29 06:39 ID:???
是非お聞かせ願いたい

201 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/29 11:27 ID:???
>>184
四式重爆は、海軍でも「靖国」の名で採用されていた。
と言ってもかなりの少数だけどね。
推測だけど、『陸軍雷撃隊』の教導機に使うとか、海軍の搭乗員の訓練用とか、
そういった目的だったんじゃないかな。

49 :再建者:03/07/10 19:53 ID:???
202 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/29 23:05 ID:???
では、軽くイタリアの飛行機会社について。

Societa Italiana Ernesto Bredaは、1917年、ミラノの資本家たちによって設立されました。
1919年から航空機の製作を始め、1922年からは全金属製の期待を開発しています。

Cantieri Riuniti Dell'Adriatico(CANT)は、イタリア最大級の造船会社、Cantiere Monfalcone
の飛行機部門として、1923年に設立されました。
会社の性格上、水上機、飛行艇を得意としていました。

Societa Italiana Caproniは、G.Caproni伯爵が経営しているイタリア最大の企業体です。
まず、Cantieri Aeronautici Bergamaschi

Aeronautica D'Italia S.A.は、Fiatのこと。
1916年1月に、Societa Anonima per Construzione Ing. O. Pomilio & Co.と言う長ったらしい
名前の会社として誕生し、1920年4月24日に、Aeronautica Ansaldo S.A.となりました。
1925年、Fiatの航空機部門となり、1926年3月30日に、Fiat傘下の企業として、現名に変更
されました。

Aeronautica Macchiは、1912年に設立された古参メーカーです。
1913年に最初の航空機を製造し、以後、小型機(戦闘機)メーカーとして地歩を築きました。

S.A.Industrie Meccaniche E Aeronautiche Meridionaliは、1923年にItaliana Aeronautica Industrie
の傘下で、Officine Ferroviarie Merdionaliを設立し、1925年にFokkerの航空機をLicense生産
することから始まりました。
1934年から、Societa Anonima Industrie Aeronautiche Romeoが触手を伸ばし、1936年に完全に
吸収され、Romeo社は社名を現在のものに変更しています。

50 :再建者:03/07/10 19:54 ID:???
203 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/29 23:58 ID:???
>202は間違いだらけなので、無視して下しい。

では、改めてイタリアの飛行機会社について。

Societa Italiana Ernesto Bredaは、1917年、ミラノの資本家たちによって設立されました。
1919年から航空機の製作を始め、1922年からは全金属製の機体を開発しています。

S.A.Industrie Meccaniche E Aeronautiche Meridionaliは、1923年にOfficine Ferroviarie Merdionaliとして
設立され、1925年までの2年間、Fokkerの航空機をLicense生産することから始まりました。
1934年から、Societa Anonima Industrie Aeronautiche Romeoが触手を伸ばし、1936年に完全に
吸収され、Romeo社は社名を現在のものに変更しています。
なお、1936年に、Bredaの傘下に入っています。

Construzioni Maccaniche Aeronautiche(C.M.A.S.A)は、1922年にDornier飛行艇を製造する
会社として設立されました。
1923年、Odero-Marescalchiと言うSyndicateの傘下に入り、1929年にFiatの傘下に入ってい
ます。
Fiat C.R.20の製造の他、水上機、飛行艇、軽飛行機などを幅広く製造していました。

Cantieri Riuniti Dell'Adriatico(CANT)は、イタリア最大級の造船会社、Cantiere Monfalcone
の飛行機部門として、1923年に設立されました。
会社の性格上、水上機、飛行艇を得意としていました。

51 :再建者:03/07/10 19:54 ID:???
204 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/29 23:59 ID:???

Societa Italiana Caproniは、G.Caproni伯爵が経営しているイタリア最大の企業体です。
本体の他、その傘下には多数の会社がありました。
Cantieri Aeronautici Bergamaschiは、元々飛行学校を経営しており、1927年に航空機
業界に参入します。
この時開発した、2機の訓練用航空機が賞を取ったので、Caproniに注目され、Bredaから
引き抜いたChiefEngineerを主任設計者にして、航空機開発を行っていました。
Compagnia Nazionale Aeronautica(C.N.A)も、1920年にローマに開講した飛行機学校で、
この実習工場で、試験的に飛行機、エンジンを製作していました。

Officine Meccaniche "Reggiane" S.A.はCaproni傘下の航空機工場で、第一次大戦中はその機体
を生産していました。
しかし、大戦終了後、航空分野への参入を航空省に閉ざされ、暫く雌伏します。
1937年、Caproniの爆撃機、Ca405の開発で再参入を果たし、その後自前の設計陣により、単座戦
闘機の開発を行っています。

Societa Anonima Industrie Meccaniche Aeronautiche NAVALI(SAIMAN)は、S.A.Navigazione Aerea
を1934年に社名変更したもので、この会社は、軽飛行機の開発の他、他メーカーの下請け、エンジンの
製造、Motorboatの製造なんかも行っています。

Aeronautica D'Italia S.A.は、Fiatのこと。
1916年1月に、Societa Anonima per Construzione Ing. O. Pomilio & Co.と言う長ったらしい
名前の会社として誕生し、1920年4月24日に、Aeronautica Ansaldo S.A.となりました。
1925年、Fiatの航空機部門となり、1926年3月30日に、Fiat傘下の企業として、現名に変更
されました。

Aeronautica Macchiは、1912年に設立された古参メーカーです。
1913年に最初の航空機を製造し、以後、水上機、飛行艇メーカーとして名を馳せ、後に小型機(戦闘機)
メーカーとして地歩を築きました。

52 :再建者:03/07/10 19:54 ID:???
205 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/30 00:10 ID:???
Societa Anonima Piaggioは、1916年に造船機械メーカーの技師たちが航空機分野に参入したこ
とが最初で、第一次大戦中はCaproniの機体をライセンス生産していました。
戦後、一時期は不況で航空機分野から撤退しますが、1923年8月8日にローマの投資家、
Pegma & Bonmartiniの支援を受け、航空機業界に再参入します。
まず、Pontedra製作所で、Bristol、Gnome-Rhoneエンジンのライセンス生産を始め、航空機用エ
ンジンの開発を行います。
もう一つのFinalmarina製作所では、機体の開発を行い、主に木金混製の水上機、飛行艇など
大型機を開発しています。

Societa Italiana Aeroplani Idrovolantini "Savoia-Marchetti"も、1915年に設立された古参メーカー
で、大型機を得意としています。

エンジンメーカーとしては、Piaagioはさておいて…。

Societa Anonima Alfa-Romeoは有名な自動車メーカーですが、1917年にから航空機エンジンにも
参入しており、1925年から英国製Jupitor、Lynxエンジンのライセンス生産を行っています。
1931年から、Mercury、Pegasusの生産も開始していました。

Societa Anonima F.I.A.TはFiat本体で、1898年設立の輸送機械メーカーです。
その後、自動車に進出し、その技術を以て1908年より航空機用エンジンの開発を行い、
イタリア最大の航空機用エンジン供給メーカーとして君臨していました。

Fabbrica Automobili Isotta-Franschiniも、1898年設立の自動車メーカーです。
航空機用エンジンにも早くから取り組み、そのLicense生産によって、Fiatで自社エンジン
が多数生産されました。
なお、Caproniともこの会社は関係を持っています。

53 :再建者:03/07/10 19:55 ID:???
206 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/30 00:57 ID:???
もう一つ、Societa Aeronautica Itariana(S.A.I.)という会社がありました。
1935年に設立された新興会社でしたが、軽飛行機を開発、製造し、第二次大戦中は、
戦闘機の開発を行っていました。
後のAmbrosiniです。

戦後、Breda、C.A.N.T.は航空機産業から撤退し、Meridionali、C.M.A.S.A、Caproniは
転業、あるいは消滅しました。

残ったのは、Ambrosiniを母体とするAerfer、第二次大戦中の航空機部品メーカーから
発展した、Construzioni Aeronautiche Giovanni Agustaと、Societa per Azioni Fiat、
Aeronautica Macchi、それにPiaggio & C. Societa' per Azioniだけとなりました。

Aerferは戦後、木製の超音速研究機(大戦中の練習機S.A.I..7にジェットエンジンと後退翼
を付けた機体)Sagitario1を製作し、それを基に、Italy最初の超音速突破戦闘機となった、
Sagitario2を製作しました。
しかし、採用はされず、経営難からMacchi傘下に入り、消滅しました。

Agustaは、Cant社の主任設計者Zappa技師を迎えて、輸送機に進出しますが、その後、
Bellとのライセンス生産から、ヘリコプターメーカーに転向しました。
なお、90年代に入って、SIAI-Marchetti社を買収し、固定翼機に再参入しています。
また、CaproniGroupでの唯一航空機産業生き残り、Caproni-Vizzoraも傘下に組み込んで
います。

Fiatは、G.55の発達型で糊口を凌ぎ、T-33、Vampireのライセンス生産から、国産初の
ジェット機G.80を製作。
戦闘機・輸送機など幅広く製作し、1970年代半ばにAeritariaに社名を変更、更にArenia
になっています。

Macchiも、M.C.205Vなどの輸出で糊口を凌ぎ、練習機メーカーとして地歩を築いています。
現在はAermacchiに変わっています。
Piaggioは軽飛行機、水陸両用機で成功し、その陸上機型とビズジェットなども手がけています。

54 :再建者:03/07/10 19:56 ID:???
207 名前: ◆82ontG9gSc [] 投稿日:03/06/30 01:28 ID:jyNTz6Gp
神降臨
これは永久保存物です

208 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/06/30 13:30 ID:???
アグスタってイタリアのメーカーだったんか
ドイツのだとばっか思っておったよ

55 :再建者:03/07/10 19:56 ID:???
209 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/06/30 23:55 ID:???
>206
あ、Zappaじゃ、musicianだよ。
Zappataだった。

F.Zappataは、C.A.N.T.を辞めた後、1942年にBredaに籍を置き、巨人機B.Z.308を設計します。
この機体は、1946年、製作中に連合国監督委員会の干渉で一時中止となり、1947年1月まで
店ざらしとなり、エンジンに英国製セントーラスを用いたものの、これも到着が遅れ、1948年に
漸く初飛行が行われ、Argentina空軍が3機発注し、同国のGruppo Aeronautico Itarianoで、
生産が行われる予定でしたが、出現が遅すぎて、DC-6、L-1049、B-377の対抗たり得ず、
Bredaは破綻に追い込まれています。

その後、彼はAgustaに移り、1958年に短距離用STOL貨客輸送機A.Z.8を手がけますが、
これも時代に合わず、少数生産に終わり、イタリア空軍に採用されただけでした。

Agustaが、ヘリに本格参入するのは、AB.47Gのほか、1961年のA.101からです。
Bellのライセンス生産は、AB.47G、AB.205、AB212、AB412と進んでおり、また、SH-3Gも
独自の発展型として、ASH-3Gを生産しています(Iranに輸出されたのもこの型だったかな)。
独自モデルとしては、A.101の他、単座対潜攻撃ヘリ(DASHの有人版)A.106、ベストセラー、
A.109、攻撃ヘリA.129などがありますね。

あと、Marccetti社は、一度会社を消滅させましたが、規模を小さくして再出発しており、
軽飛行機を中心に、S.F.260練習/COIN機(これは、戦後のメーカーAviamilano社の
F.250より発展したもの。)、S.M.1019観測機、1968年にはヘリ部門を設けて、SV-20と言う
機体を計画し、General Avia社を吸収して、軽飛行機分野を強化。
更に最新の機体として、S.211を開発していました。

Caproni-Vizzoraは飛行学校から発展したもので、戦後はGliderを製作した後、それに動力を
付けたMotorGliderを作っていました。
特にジェットエンジン付MotorGliderのA-21Jから発展したC22Jが本格的な練習機として生産
されていました。

56 :再建者:03/07/10 19:59 ID:???
210 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/01 00:26 ID:???
つ〜こって、次回はいよいよ、英国編に突入するのねん。
ちなみに、仏蘭西は余りに複雑怪奇なので、餅付くまで待つのねん。

57 :再建者:03/07/10 19:59 ID:???
211 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/01 22:49 ID:???
英国編…。

Airspeed Ltd.は、1934年8月に、著名な造船会社Swan, Hunter & Wigham Richardson Ltd.の
関連会社Airspeed(1934) Ltd.として設立されました。
1935年1月に、Fockerと提携し、Douglass航空機の英国と連邦諸国内における販売を担当し
ています(Fockerは欧州のDouglass代理店)。
1940年に、Swan, Hunter & Wigham Richardson Ltd.からde Havilland Aircraft Ltd.に会社の
支配権が渡り、その傘下に入りますが、吸収はされていません。
1944年1月25日に社名をAirspeed Ltd.に変更しています。
この会社は中〜軽輸送機の製造を得意とし、戦後も生き残っていますが、1947年に最後の
航空機、A.S.57が初飛行した後、1955年までに消滅しています。

Sir W.G.Armstrong Whitworth Aircraft Ltd.は、1921年に設立されたものですが、この会社は
全金属製航空機のPioneerでした。
1935年に、Hawker-Siddley Aircraft Co.Ltd.が、Hawker AircraftとArmstrong-Siddley Development Co.ltd.
と合併して形成されますが、後者を形成していたのは、Sir W.G.Armstrong Whitworth Co.ltd.と
Armstorong Siddley MotorsとA.V.Roe & Co.ltdでした。
この会社は創立直後の一時を除き、戦前から、大型航空機に強く、戦後は、複座型MeteorのLicense生産と
発展型の開発や、Hawker-Siddleyの下請け生産を行いつつ、大型輸送機を開発していました。
その後の航空産業再編で、Hawker-Siddleyの一部門に組み込まれています。

A.V.Roe & Co.Ltd.は、1909年に設立された、英国最古に近い航空機製作会社、部品製造会社です。
1913年1月に有限責任会社に改組し、1935年にHawker-SiddleyのSiddley Development Co.ltd.の形成
会社として、Hawker-Siddley Aircraft Co.Ltd.傘下の子会社として航空機生産を行います。
第一次大戦中は練習機を、第二次大戦中から戦後に掛けては大型爆撃機、哨戒機の生産を行ってい
ました。
ここも、その後の航空産業再編で、Hawker-Siddleyの一部門に組み込まれています。

とりあえず、今日はここまで。

58 :再建者:03/07/10 20:00 ID:???
212 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/07/02 20:38 ID:I6/BnZmD
愛知時計に談合の捜査はいったね。
この愛知時計って流星改の愛知でしょ。

213 名前:なでるくん ◆9fcB7hi0gQ [] 投稿日:03/07/02 21:59 ID:VWkAF6gT
付け加えるとホーカーの前身はあのソッピース

59 :再建者:03/07/10 20:01 ID:???
214 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/02 23:57 ID:???
さて、昨晩に続いて…。

The British Aircraft Manufacturing Co.Ltd.は、1933年に設立されたBritish Klemm Aeroplane Co.Ltd.
を買収したものです。
British Klemmは、ドイツのLeichtflugzeugbau Klemmの飛行機を製造するために設立されたもので、
低出力エンジンを積んだ軽飛行機を生産しています。
これは大戦中に消滅しています。

The Blackburn Aircraft,Ltdは、R.Blackburnによって、1910年に設立されました。
子会社に、航空輸送会社のNorth-Sea Aerial & General Transport Ltd.と、エンジンメーカーのCirrus-Hermes
Engineering Co.Ltd.を傘下に従えています。
この会社は主に、艦載航空機、飛行艇、水上機のメーカーです。
1936年、この会社は、Scotlandの大きな造船会社、William Denny & Bros.Ltd.と提携し、その経営陣を迎入れます。
戦後、General Aircraft(後述)と合併し、Blackburn & General Aircraft,Ltdとなり、Blackburn系は艦載機を、General系は
大型輸送機(Beverly)を生産しますが、これも、その後の航空産業再編により、Hawker-Siddleyに組み込まれます。

Boulton Paul Aircraft Ltd.は、1916年に、The Aircraft Department of Boulton Paul Ltd.として設立され、不況に抗し
きれずに、1931年に、A.T.S.Ltdと言う、全金属製機の特許を有する持ち株会社に吸収され、その子会社の一つになって
います。
この会社には、Boulton Paulの他、Gloster Aircraft Co.Ltd.、Sir W.G.Armstrong Whitworth Aircraft Ltd.、
The Steel Wing Co.Ltd.も傘下に抱えていました。
1934年、この会社の傘下から、Boulton Paul Aircraft Ltdは独立します。
戦前は双発の軽爆撃機を、大戦中は戦闘機を生産しますが、一方で銃座の製造メーカーとしても
活躍し、戦後は1948年に練習機を製造しただけで、1950年代半ばには航空機の生産活動を終えています。

60 :再建者:03/07/10 20:01 ID:???
215 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/02 23:59 ID:???
続き。

The Bristol Aeroplane Co.Ltd.は、1910年に初期の路面電車の先駆者である、Sir George White,Bart.によって
設立された会社で、最初は、The British & Colonial Aeroplane Co.Ltd.と言う名称でした。
この会社が現在の名称に変わったのは、生産工場をBristolの郊外に置いたからだそうです。
この会社は、多数の航空機、それにエンジンを製造し、戦後は、民間航空機、航空機用タービンエンジンの生産
も行っています。
航空産業再編では、British Aerospace Co.Ltdの一部門になっています。
なお、戦後は、BMWをベースとした自動車製造にも進出しており、今でも、76年に生産開始したモデルを作って
います。

216 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/07/03 18:57 ID:???
>>213
ソースは?

217 名前:名無し三等兵[] 投稿日:03/07/03 18:58 ID:y0BIB+KH
>>212
>>32あたりを見れ。

61 :再建者:03/07/10 20:02 ID:???
218 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:02 ID:3gZbiUDN
219 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:02 ID:3gZbiUDN
220 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:02 ID:3gZbiUDN
221 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:02 ID:3gZbiUDN
222 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
223 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
224 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
225 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
226 名前:46[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
227 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
228 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:03 ID:3gZbiUDN
229 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
230 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
231 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
232 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
233 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
234 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
235 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
236 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
237 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
238 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
239 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:04 ID:3gZbiUDN
240 名前:4634t34t43[] 投稿日:03/07/03 19:06 ID:3gZbiUDN

62 :再建者:03/07/10 20:02 ID:???
241 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/07/03 19:17 ID:???
コイツ、まだアクセス禁止になってないのか。

ヲイ、六等兵か大佐か毛沢豚か知らんがほどほどにしとけよ。

242 名前:名無し三等兵[sage] 投稿日:03/07/03 19:22 ID:???
良スレなので荒らし厳禁
というか、別の人が書くと更に連続で書き込まれるので・・・

63 :再建者:03/07/10 20:03 ID:???
243 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/04 00:06 ID:???
さて、マターリ。

The De Havilland Aircraft Co.Ltd.は、1920年に設立されました。
前身はAirco社で、D.H.10まではこの会社で製作されています。
第二次大戦前は、全木製構造の練習機と民間輸送機のメーカーでしたが、第二次大戦中に
軍用機メーカーの地位を確立し、戦後も、ジェット戦闘機、輸送機など幅広い分野の航空機を
手がけています。
また、1927年以来エンジン分野にも進出し、低出力倒立エンジンを手がけた後、ジェットエンジン
の生産も行い、このほか、HTP装置を中心としたロケットエンジンなども手がけています。
この会社は、戦後、De Havilland Holdingsに移行し、1960年代にはHawker-Siddley Aviation Ltd.
参加の一部門になっています。
また、Australia、Canada、India、New Zealand、Rhodesia、South Africaに、子会社を有しています。

64 :再建者:03/07/10 20:04 ID:???
The Fairly Aviation Ltd.は1916年に設立したメーカーで、海軍機を中心に生産してきました。
空軍機としては、単発の軽爆撃機を得意としていました。
但し、その生産能力は余り高くなく、Blackburn、Boulton PaulにSwordFishなどの生産を委託することが
多かったようです。
戦後は、対潜機、ヘリコプターに進出しますが、1960年代の航空産業再編には、同じヘリコプター
を扱っていた関係で、Westlandと合併し、その一部門として生き残ります。
なお、Belgiumにはその子会社、Societe Anonyme Belge Avians Fairlyがありました。
このほか、FairlyはReed社の金属製可変プロペラの特許と、Curtiss D-12エンジンのLicenseを購入し、
ライセンス生産を行います。
プロペラは兎も角、エンジンは、1924年以来様々なものが試作されましたが、結局モノになりませんでした。

Folland Aircraft Ltd.は、1936年2月に、British Marine Aircraft Ltd.として設立されました。
しかし、1937年5月、Gloster Aircraftの主任設計者だったH.P.Folland氏を迎え入れ、社名も新たにFolland
Aircraftに変更されました。
戦時中は、各航空会社の下請け生産を行っており、戦後様々な計画機を作りますが、余り受け入れられず、
切羽詰まって自主製作したFo.139〜144が漸く、英空軍の高等練習機となり、更にインド空軍に採用されました。
ただ、その資本力の小ささは否めず、Hawker-Siddleyに吸収されています。

65 :再建者:03/07/10 20:04 ID:???
244 名前:眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日:03/07/04 00:38 ID:???
続き。

The English Electric Co.は、20世紀初頭から存在する電気機関車、Motorなどを作っている
メーカーです。
第二次大戦中は、Handley Page社の下請けとして、爆撃機の生産を行っていましたが、戦後、
その経験を生かして、経営多角化を進め、本格的に航空機産業に打って出ます。
それが、Canberra爆撃機であり、その成功で一気に脚光を浴び、また英国唯一の純製超音速
戦闘機Lightningです。
しかし、戦後は航空再編の波に飲み込まれ、British Aircraft Corporation Ltd.の
一部門となります。

General Aircraft Ltd.は第二次大戦中に成立したメーカーのようですが、資料不足で
よく分らないです。
戦後は研究機などを作っていますが、後にBlackburnに吸収されます。

The Gloster Aircraft Co.Ltd.は、1915年に設立されます。
第一次大戦後、主に戦闘機を製作し、それから発展した競争機を製造します。
1927年、この会社は、the Steel Wing Companyに吸収合併され、1934年に更に
Hawker Aircraft Ltd.に譲渡され、その子会社となります。
第二次大戦中は、各種の戦闘機の他、ジェット機の開発にも携わり、戦後は
Meteor戦闘機を実用化するまでになっていました。
戦後は、Javelin戦闘機などを実用化しますが、これもHawker-Siddleyに吸収
されています。

>216
明日辺り、Hawkerに辿り着きますが、the Hawker-Siddley Trustの取締役の名前
に、T.O.M.Sopwithが名を連ねています。、Hawker-Siddleyに吸収されています。

66 :再建者:03/07/10 20:07 ID:???
私の持っている分のログは以上で終わりです。
後をお願いいたします。

67 :名無し三等兵:03/07/10 21:18 ID:???
おつかれー

68 :名無し三等兵:03/07/10 21:29 ID:38IdMjTo
第二次世界大戦の米海軍機メーカー名
ブリュースター
ボーイング
カーチス
ダグラス
グラマン
グレートレークス
ノースアメリカン
ジェネラル・モータース
ロッキード
チャンスボード
コンソリデーテッド

69 :ログ補足:03/07/10 21:46 ID:???
222 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 03/07/04 13:09 ID:???
このスレおかしくない?

223 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 03/07/04 13:09 ID:???
直った

70 :ログ補足:03/07/10 21:46 ID:???
224 名前: 眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日: 03/07/05 00:18 ID:???
さて、気分も新たに…。

Handley Page Ltd.は、1915年に設立されました。
そして、この会社は英国最初の株式会社形態を取った飛行機会社でもありました。
この会社は主に大型機を製作し、重爆撃機、大型民間機の分野では常に先進的な
ものを保っていました。
また、スロット式前縁フラップの特許も保持しており、これは世界中で使用されています。
第二次大戦後もこの会社は生残り、引き続き大型爆撃機と輸送機のメーカーとなって
いましたが、新たに事業を展開しようとした軽輸送機Heraldの開発で時流を読み違え、
失速し、そして、その痛手から復帰できず、1969年8月に倒産してしまいます。
開発中の機体の一部は、Scotish Jetstream社に引き継がれました。

さて、Hawker Aircraftは、1933年に設立されました。
この会社は、第一次大戦前からあった、Sopwithに関係し、その任意清算に関わった
人々が1920年に設立した、H.G.Hawker Engineering Co.Ltd.を母体としています。
Sopwithの頃から、単座戦闘機、軽爆撃機の生産を主に行い、それで得た利益を元に、
1934年にはGloster Aircraft Co.Ltd.を子会社にしています。
第二次大戦中から第二次大戦後に掛けても、戦闘機を主に開発しています。
60年代の企業大合同で、Hawker-Siddleyの中核会社として、英国航空機業界の一方の
柱となり、BAeに繋がっていきます。

71 :ログ補足:03/07/10 21:47 ID:???
225 名前: 眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日: 03/07/05 00:31 ID:???
で、Hawker-Siddley Aircraft Co.Ltd.と言う会社は、1935年に設立された別会社です。
これは、Armstrong Siddley Development Co.Ltd.とHawker Aircraft Ltd.が半分ずつ出資した
持ち株会社で、Sir W.G.Armstrong Whitworth Aircraft Ltd.(航空機製造)、
Armstrong Siddley Motors Co.Ltd.(自動車・航空機エンジン)、A.V.Roe & Co.Ltd.(航空機製造)と、Air Service Training Ltd.
(飛行機学校)が最初に傘下に置かれ、後にGloster Aircraft Co.Ltd.も加わります。
この会社自体は何も製造していません。
しかし、1960年代の企業合同に於いては、この会社を中心に、Avro-Whitworth部門、De Havilland部門、Hawker-Blackburn
部門に再構成され、更にBAeに繋がっていきます。

Heston Aircraft Co.Ltd.は、軽飛行機メーカーで、1929年に設立されたComper Aircraft Co.Ltd.を、1934年に買収した
ものです。
戦後は生き残ることなく消えていきました。

Martin-Baker Aircraft Co.Ltd.は、鋼管溶接構造を考案したJ.Martinによって、1934年に設立されました。
第二次大戦前から後に掛けて、種々の機体を考案して、実際に試作し、最後のM.B.5は、レシプロ戦闘機の最高峰と
言われましたが、結局は試作に終わり、Martin-Bakerは、航空機部品メーカーに転業します。
そこで、目を付けたのが射出座席で、この会社は、西側最大の射出座席メーカーとして隆盛を極めています。

72 :ログ補足:03/07/10 21:49 ID:???
226 名前: 眠い人 ◆gQikaJHtf2 [sage] 投稿日: 03/07/06 01:14 ID:???
今日もマターリ。

The Mayo Composite Aircraft Co.Ltd.と言う会社があったりします。
この会社は、1935年に設立されたのですが、Maj.R.H.Mayoが考案し、特許を
取得していた親子飛行機を製作するために立ち上げた会社です。
この親子飛行機は航空省、Imperial Airways、Short Bros.の興味を引き、
Short Bros.によって実現されます。
しかし、数度の飛行だけで、大戦が勃発し、戦後は空中給油技術が進展したり、
大西洋横断の可能な飛行機の実用化があったため、一発屋に終わりました。

Miles Aircraft Ltd.は、1935年3月にPhillips Powis Aircraft Ltd.を株式会社化した
ものです。
この会社の主任設計者だった、F.G.Milesが1934年にフラップの特許を取り、
それが軽飛行機に多数採用され、会社は儲かって、株式会社としたものです。
後に、社名を主任設計者の名前を取ってMiles Aircraft Ltd.と変更しています。
第二次大戦前から、主に練習機、軽飛行機のメーカーとして君臨しており、
第二次大戦中は、練習機の生産の他、研究試作機の製造も行っていました。
戦後、F.G.Miles Limitedに社名を変更し、種々の機体を試作しますが、少量
多品種の施策を行ったため、会社としては存続が出来なくなり、50年代末に
倒産しました。
なお、この会社の最後の機体は、Short Bro.に引き継がれ、SkyVanとしてBest
Sellerになっています。

73 :ログ補足:03/07/10 21:49 ID:???
7/4のカキコでGeneral Aircraftの成立過程が間違っていました。(消滅は同じですが)
General Aircraft Ltd.は戦前のメーカーで、1934年、それまでに軽輸送機のメーカー
として運営してきた、Monospar Co.Ltd.の資産一切を引き継いで、成立しています。
Monospar Co.Ltd.は独特の単桁の翼構造で各社から注目され、英国航空省、イタリアの
Caproni社、Saunders-Roe Ltd.なども相次いで採用しています。
また、London Air Parkと言う小型機用飛行場を有しており、飛行学校、修理工場なども
所有しています。
第二次大戦前は、その翼構造を採用した軽飛行機を製作し、大戦中は主にGliderを、
更に戦争末期以降は、研究機の製作が主な仕事となり、後にBlackburnに吸収されています。

74 :ログ補足:03/07/10 21:50 ID:???
227 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 03/07/06 10:57 ID:???
・・・・・ 余人がクチ挟めない緊迫感が漂ってきたなぁ
(精緻な情報,感謝です)

228 名前: 名無し三等兵 [sage] 投稿日: 03/07/06 12:30 ID:???
MB.5最強説には賛同できんけどな
英国機好きとしては.2か.3当たりの鉄管フレーム羽布張りの萌えるべきだ

75 :ログ補足:03/07/10 21:53 ID:???
俺が持ってるログはここまでです。

*注意
荒らしあぼ〜んが(7月4日午前中?)行なわれたため、
ログのレス番号が再建者氏のものと異なっております。ご了承ください。

再建者氏、スレ立て&貼り付け乙彼様でした。

76 :名無し三等兵:03/07/10 22:08 ID:???
またまた乙カレー

77 :名無し三等兵:03/07/10 23:27 ID:???
待ってました

78 :名無し三等兵:03/07/11 07:13 ID:???
スレタイは前と同じか

79 :名無し三等兵:03/07/11 08:00 ID:???
多種多様なタミヤに一票

80 :名無し三等兵:03/07/11 14:08 ID:???
愛知時計の時計ってそのへんで売ってるの?

81 :名無し三等兵:03/07/11 20:42 ID:P3MeTEgA
>>80
今は時計作りからは撤退。主な製品は水道メーターのはず。

82 :名無し三等兵:03/07/11 21:45 ID:tVCmAQnC
市販されていたら買うのに・・・

83 :名無し三等兵:03/07/12 08:46 ID:???
第二次世界大戦フランス空軍史
ttp://www.sky.sannet.ne.jp/mfumio/newmenu.htm

ここなど吉

84 :山崎 渉:03/07/12 16:30 ID:???

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

85 :名無し三等兵:03/07/12 21:05 ID:gtBp6WAk
昔我が家には、愛知時計製の掛け時計があったが、壊れて親父が捨てちまった。

86 :名無し三等兵:03/07/13 09:04 ID:z+OPuWZ5
私待つわ

87 :名無し三等兵:03/07/13 16:40 ID:???
英国初のジェット機を作ったのがグロスターと言うのに
疑問を感じていたが
万一失敗しても親会社の名前が傷つかないようにとの配慮から
だったのだろうか

88 :名無し三等兵:03/07/13 21:22 ID:???
イタリアのジェット機メーカもな

89 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/13 21:37 ID:???
再建サンクスコです。
と言う訳で、漏れも、自分で書いたログ再カキコ。

Parnall Aircraft Ltd.は、George Parnall & Co.と言う航空機メーカーが取得した
特許、特許権、設計、それに、Nash & Thompson Ltd.との軍用機器に関する既存、
未決の契約と、Hendy Aircraft Co.が有していた、Henderson翼と、引込脚の特許
を引き継ぐ形で、1935年に発足しました。
主に、軽飛行機の製造を行っていますが、後に動力操作砲塔の開発に成功し、
その生産をNash & Thompsonと行っていますし、レーダーなどの生産も行って
います。
戦後は、航空機の生産を行うことが無かったようです。

Percival Aircraft Ltd.は、1932年に、Percival Aircraft Companyとして発足し、
1937年に倒産し、工場を移転して、Percival Aircraft Ltd.として再建されています。
第二次大戦前は、軽飛行機"Gull"シリーズを生産し、幾つかの記録を打ち立て
ていますが、戦時中はそれを発展させた連絡機を製造しています。
戦後は、Hunting Percival Aircraft Ltd.となり、Provost練習機とそれから発展した
Jet Provost練習機、Penbroke輸送機の開発で存在感を示し、60年代の航空業界
再編では、British Aircraft Co.Ltd.のHunting部門になっています。

Pobjoy Airmotors and Aircraft Ltd.は、1930年にPobjoy Airmotors Ltd.として航空
エンジンメーカーとして設立されました。
1935年に株式を公開し、株式会社に移行した際、その株式の大半を購入したのが、
Short Bro.Ltd.で、Shortは、自社で製造していたPobjoyエンジンを搭載していた軽
輸送機をPobjoyに製造させるようにし、社名をPobjoy Airmotors and Aircraft Ltd.と
しました。
1938年3月、Shortの子会社となり、第二次大戦中は、部品、補機類の製造を行い
ました。
なお、この会社は世界最初のAPUと補助ギアボックスの設計を行い、ロートル社
がこれを製造しています。
1947年、社長のD.R.Pobjoyが飛行機事故で墜死し、会社は解散しています

90 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/13 23:16 ID:???
とりあえず、明日生きていれば、Saroから再開しま〜す。

91 :名無し三等兵:03/07/14 11:24 ID:???
ロケット戦闘機萌え


92 :名無し三等兵:03/07/15 00:12 ID:HdugwqQG
ロッキード一人勝ち、軍用機市場においてはこれで終わってしまうのでは。

93 :名無し三等兵:03/07/15 00:28 ID:???
毎度ながら眠い人乙ー

94 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/15 00:34 ID:???
某スレで某コテに燃料を投下していたので、明日から再開しま〜す。
スマソ、逝ってくる。(AA略)

95 :山崎 渉:03/07/15 11:58 ID:???

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

96 :名無し三等兵:03/07/15 12:31 ID:???
保守あげ 

97 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/15 23:41 ID:???
さて、再開。

Sanders-Roe Ltd.は、陸海空全ての分野に渡って色々なものを製造しているメーカーです。
それには、トレーラー、トロッコ、ビーチング・ギア、弾薬補給艦、燃料補給艦、爆弾架、水上機母艦、高速艇母艦などを含んでいます。
航空機メーカーとしては、飛行艇を主に製作しています。
このほか、主にShort Bro.Ltd.の機体の主尾翼の製造、設計も行っていました。
戦後は、飛行艇をShort Bro.Ltd.と協同で開発し、ジェット水上戦闘飛行艇も試作します。
1951年、Saroは飛行艇に見切りを付け、Autogyroのメーカーである、The Cierva Autogyro Co.Ltd.を吸収して、ヘリコプターに進出します。
そうして、軽ヘリコプターを開発し、かなりの成功作となります。
このほか、混合動力迎撃機の試作なども行っていましたが、採用ではEE社に敗れ、西ドイツのFXにも敗れた上、英国の軍縮があり、会社
は、Westlandと合併します。
なお、Saroが開発したヘリコプターは、後にWestlandでWasp/Scoutと呼ばれています。

98 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/15 23:42 ID:???
Short Bros(Rochester & Bedford) Ltd.は、E.ShortとO.Shortの二人の兄弟によって1898年に設立された、英国で最も古い航空機設計・製造
会社です。
尤も、その頃は気球を製作する会社でした。
1907年、兄弟は王立航空協会の公式航空技術者に指名されました。
翌年、末弟のH.L.Shortが加わり、気球に加えて航空機の製造も開始します。
1910年、工場をSheppey島から、王立航空協会の滑走路の近くEastchurchに移し、1913年に社業の拡大に伴い、Rochesterに工場を移すと
共に、今までのShort兄弟に換わって、H.O.Shortが社業を継ぎます。
同時に、水上機の製造を始めた訳です。
第一次大戦後は、全金属製飛行艇の開発に力を入れ、各種飛行艇を製造します。
また、1936年6月には、Belfastの造船会社である、Hartland & Wolff Ltd.と提携し、Belfastで航空機の製造を始めるため、
Short Bros. & Hartland Ltd.を設立します。
実はこれが後に重大な意味を持ってきます。
第二次大戦以降は重爆撃機、飛行艇を主に生産し、飛行艇が廃れた後は、大型輸送機の開発で存在感を示します。
第二次大戦後、Short Bros.(Rochester & Bedford) Ltd.は社業を縮小し、ついにはShort Bros. & Hartland Ltd.に吸収されるのです。
しかも、北アイルランドにおける唯一の航空機メーカーとなり、その雇用維持のために、他のメーカーが合併していく中で、他の一社
と共に、孤高を保ちました。
その時、Shortを支えたのが、Milesから製作権を譲り受けたHDM106改めSC7 Skyvanで、Short 330/360と発展していった訳です。
なお、この会社も時代には抗えず、1996年にCanadaのBombardier傘下に吸収され、航空機の製造は終わりを告げます。

British Marine Aircraftは、1935年、英国に於いてBritish Aircraft Manufacturing. Co.Ltd.から、Sikorsky S.42飛行艇のLicense生産
権を譲り受けて、発足します。
英国航空にこの機体を売り込みましたが、採用されずに終わりました。

99 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/15 23:43 ID:???
Supermarineと言う会社は1912年に、Supermarine Companyと言う水上機メーカーとして発足しました。
第一次大戦前後に掛けて、高速水上機を製作するのに長けており、Schneider Trophyの獲得で名を馳せました。
1928年11月、この会社は航空機メーカーであるVickers(Aviation)Ltd.が事業を引き取り、The Supermarine Aviation Works.Ltd.
としました。
1938年10月には、会社の支配権がVickers(Aviation)Ltd.から、大手兵器メーカーであるVickers-Armstrong Ltd.に移り、その
一部門となっています。
第二次大戦前は競争用水上機、飛行艇のメーカーでしたが、Spitfireの製造から海空軍用戦闘機メーカーとしての地歩を
築きました。
が、戦後はHawker-Siddleyに比べると余り良い機体が出ず、B.A.C.のVickers部門にひっそりと吸収されています。

100 :名無し三等兵:03/07/16 12:32 ID:???
本日4コ目の100GET!


101 :名無し三等兵:03/07/16 19:44 ID:???
エアアフィクスの
スピットファイアMk.Xの箱に
ヴィッカーススピットファイアと書いてあったのも
あながち間違いではなかったんですね。

102 :名無し三等兵:03/07/16 20:42 ID:???
>>97-99
乙ー
イギリスの会社も千変万化ですね。

103 :なでるくん ◆9fcB7hi0gQ :03/07/16 21:10 ID:???
イギリスの殆どのメーカーはシドレーグループかビッカースグループに属す

104 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/17 00:05 ID:???
今日は何か疲れたので、これだけ。

Taylorcraft Aeroplanes(England) Ltd.は、米国のTaylorcraft Aircraft Corp.からの
License契約に基づき、その会社の軽飛行機を製造する会社として設立されました。
しかし、機体構造こそTaylorcraft社の製品を基にしていますが、エンジン、装備品は
英国独自のものに換わりました。
此処で生産されたのが観測機のAusterシリーズです。
戦後、Austerでブランドを確立し、社名をAuster Aircraft Ltd.に変更しています。
後にそのAuster Aircraft Ltd.を中心として、Milesの残党と、BenzeneのGyrocopterを
改良して独自のAutogyroを作った、Wallisなどが合体して、Beagle Aircraft Ltd.に発展
します。
この会社は、その後軽飛行機中心のメーカーとして、B.121 Pup、B.125 Bulldog、B.206
Bassetなどを開発し、英国のCessnaを目指しましたが、B.206の開発に失敗して倒産。
これらの機体の製造権は、後述のScotish Aviation Ltd.に移されました。

さて、Scotish Aviation Ltd.は1935年のScotlandの民族資本の会社で、最初は
軽飛行機用飛行場と飛行学校経営、そして、航空機修理を行っていました。
1945年に航空省から出された仕様に応じたときに、航空機製作に進出しました。
流石に、先行会社に食い込む余地はなく、ニッチメーカーとして、英国では誰も手を出し
ていないSTOL機分野に進出し、Pioneerという機体を作って英国空軍に売り込みますが、
これは失敗。
民間型のPionner2が有る程度の成功を収め、次いで双発型のTwin Pioneerを製作します。
次に開発する機体が無かったのですが、その頃、偶々Handley Page Ltd.が倒産し、その
機体のうち、最後の開発機であるJetstreamを引き継いで生産します。
また、Beagle Aircraft Ltd.倒産で、宙に浮いたBulldogを引き継いで生産しています。
1990年代の英国航空再編で最終的にはBAeのScotish部門となりました。

105 :名無し三等兵:03/07/17 13:21 ID:???
スコティシュってティッシュペーパー会社とは無関係だったのか
なぜかがっかり

106 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/18 00:32 ID:???
さて、英国編も残り少なくなってきました。

Vickers-Armstrongs Ltd.は、1928年7月に総合重工業メーカーのVickers Ltd.の航空機部門を
分離独立させた会社で、当初、Vickers(Aviation) Ltd.としていました。
また、前述の通り、1928年11月にThe Supermarine Aviation Works,Ltd.を傘下に置いています。
しかし、戦雲が欧州を覆い始めた1938年10月に、Vickers(Aviation)Ltd.と、The Supermarine
Aviation Works,Ltd.は再び、Vickers-Armstrongs,Ltdに吸収されてしまいます。
戦前〜戦後に掛けて、重爆撃機、大型旅客機の他、大圏式構造という独特の構造で構築した
爆撃機の生産を行い、更に、Supermarine部門の戦闘機を生産しています。
戦後はジェット戦略爆撃機、ターボプロップ/ジェット輸送機のメーカーとして英国に君臨しますが、
BACの中核、Vickers-Hunting Divisionとなっていきます。

Westland Aircraft Ltd.は、1915年に設立されたWestland Aircraft Worksを起源にしています。
この会社は、Petters Ltd.の航空機部門でありましたが、1935年7月にWestland Aircraft Ltd.を設立します。
それまで、この会社は実験機などの特殊な機体を主に開発していました。
1938年7月、有名な造船会社であるJohn Brown Co.Ltd.がPetter社長のWestland Aircraft Ltd.の持ち株の大部分を買収し、
残余の部分は、Associated Electrical Industries,Ltd.に買収されています。
Westland Aircraft Ltd.となる直前に、汎用機を開発し、その後多用途観測機の試作を行います。
戦時中は重戦闘機を製作しており、他にも研究機なども製作しています。
戦後、艦上機に少し手を染めた他は、1947年にSikorskyからHelicopterの製造権を購入し、Helicopter製造に進出します。
主にSikorsky社の製品の一部改造型を製作していましたが、1958年にSanders-RoeのHelicopter部門を、1960年3月に、
Bristol AircraftのHelicopter開発部門を吸収します。
またFairly Aviationと合併し、艦上機はFairly Divisionが、HelicopterはWestland Divisionで製造するようになります。
1967年には、フランスのAerospatialeと提携を結び、それが、Lynx、Pumaなどに繋がっています。

107 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/18 00:33 ID:???
英国編、後1社と、エンジンメーカーの後は英連邦のメーカーについて軽く
触れていこうかと。

108 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/19 02:18 ID:???
とりあえず、小さな会社はありますが、今回は後二社で紹介は打ち止めにします。

Britten-Norman Ltd.を挙げておきましょう。
この会社は戦後派で、1947年にJ.BrittenとD.NormanがDe Havilland Aeronautical Technical Schoolで
出逢うところからスタートします。
1951年3月に、ウルトラ・ライト・プレーンBN-1を自作し、1955年に、Britten-Norman Ltd.を設立します。
その次に開発する機体として、離島用ローカル輸送機に目を付け、BN-2を製作します。
これがヒット作となり、その後、BN-2を基にした機体を次々に開発し、そのうちの一つが、軍用型のDefender
であり、Maritime Defenderとして製造されています。
また、海外進出にも積極的で、1968年にRomaniaへライセンス生産権を付与し、Belgiumには工場を建設し、
Philippinesではノックダウン生産を行っていました。
しかし、こうした無理な投資とBN-2に続く機体の開発に失敗したため、そして英国経済の疲弊により、1971年
10月に一度破産し、Britten-Norman (Bembridge) Ltd.に改組したのも束の間、1972年8月には、Fairly Company
(Fairly社の経営母体だったもの)に売却され、順調な経営を行うかに見えますが、創業者との確執と退社があり、
1977年8月に再び破産します。
1978年7月にスイスのバール財閥の系列企業のPilatus Aircraftに売却され、Pilatus Britten Norman Limitedと
なりますが、1998年7月に、Biofarm Inc.に再び売却され、Britten-Norman Ltd.に社名を変更。
更に、2000年4月にB-N Group Ltd.となり、Britten-Norman Ltd.は清算されます。
ところが、2002年9月には航空機製造部門が再びBritten-Norman Ltd.として復活しています。

Vickers-Slingsbyは、1981年にSlingsby Sailplanes Ltd.として設立された会社で、ドイツのMotorGlider、Scheibe Falkeを
英国空軍用にライセンス生産会社でした。
その後、曲技練習機の製作に進出し、フランスのフルニエ社が生産していたRF6曲技機を改良した初等練習機が英国の
初等練習機に採用されています。

109 :名無し三等兵:03/07/19 18:01 ID:???
何で開発時に載せていた中島のエンジンは改良型で
三菱製に換えられちゃうケースが多いんでしょうかね。

110 :名無し三等兵:03/07/19 22:53 ID:???
中島 九七艦攻 光→栄
三菱 零式艦戦 瑞星→栄
空技 彗星艦爆 熱田→金星
中島 天山艦攻 護→火星
三菱 烈風艦戦 誉→ハ四三

五分か?

111 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/19 23:59 ID:???
さて、その英国のエンジンメーカーですが、これも多くありまして…。

A.B.C. Motors,Ltd.は、1911年に設立されたエンジンメーカーで、最初は水冷V型エンジンを製作し、第一次大戦中に空冷星形エン
ジンを製作します。
此の型は最初がMosquito、次いでWasp、更にDragonflyへと発展し、日本の誉の様に新戦闘機、爆撃機用エンジンとして大量産を
行いますが、冷却が不十分で、1〜2時間の運転で補機が焼き付き、震動は甚だしいという大失敗に終わっています。
これが致命傷となり、空冷星形エンジンからは撤退しますが、もう一系統の軽飛行機用水平対向エンジンは順調に発展を遂げ、大
戦間の軽量機の標準動力となりました。
第二次大戦では、その技術を生かしてAPU用エンジンのメーカーとなり、戦後も存続、今でもA.B.E.C.(All British Engine Company、Ltd.)
として生き残っています。

Alvis Ltd.は現在では、軍用車輌のメーカーとして有名ですが、第一次大戦前からの高級自動車メーカーのAlvis Car & Engineering Ltd.
が基礎になっています。
1921年にBristolからGnome-RhoneのLicense生産権を獲得し、その生産を通じて航空機エンジンの開発ノウハウを蓄積し、その改良型を
開発します。
また、1935年末にはK.14のライセンス生産権を50万ポンドでSociete des Moteurs Gnome-et-Rhoneから購入しますが、これはは原型ほど
には売れませんでした。
1936年、社名をAlvis Ltd.に変更しますが、戦後に漸く独自開発のLeonidasが、Percivalの戦後型航空機とWestlandのHelicopterに搭載され、
1966年、乗用車生産から撤退するのと同じくして、最後のエンジンが引き渡されています。
これは、英国に於ける最後の高出力航空機用ピストンエンジンになりました。

112 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/19 23:59 ID:???
Armstrong-Siddley Motors Ltd.は、先日も書きましたが、Hawker-Siddley Aircraft Ltd.の傘下に有る会社です。
此の会社も高級自動車メーカーから出発しています。
第一次大戦中、Royal Aircraft Factoryが研究機関となった事に伴い、1917年2月にその設備、製造License一式、技術者を引き継ぎ、
航空機用エンジンに進出します。
最初は此の会社が独自に製作を進めていたPumaを開発し、次いで、R.A.F.8の発展型Jaguarが開発され、その縮小型Lynxを生産し、
Cheetahに発展します。
Cheetahは、Whittley爆撃機に採用されますが、クランクケースの変形が頻発し、余り信頼性は高くありませんでした。
ピストンエンジンでは最終的に三重星形エンジンの開発を行いますが、これはものに成らず、1940年にジェットエンジンの開発に転換
します。
最初は軸流式ジェットを開発し、それを基にターボプロップを開発しました。
これがPython A.S.P.で、Westland Wyvernに採用され、次いで発達型、Mambaを開発します。
MambaはDartに敗れ、それを二基結合したDouble Mambaを開発し、これはFairly Gannetに採用され、可成りの数が生産されています。
Mambaから生まれたもう一つの派生型が、そのギアボックスを取り外した短寿命の軸流式ジェットエンジンAdderを開発し、これは、更に
無人標的機用短寿命エンジンであるViperに繋がりました。
この小型エンジンは使い勝手が好く、すぐに長寿命化されて現在でも生産されています。
一方で、液体式Rocket Engineにも手を染め、Avro720/730用として開発が進められていました。
1947年、Metropolitan Vickersが航空事業から撤退するとき、それをそっくりそのまま受け継ぎ、開発中のエンジンF.9は、戦闘機用エンジン
Sapphireとなり、Gloster Javelinに搭載され、米国でもWrightがJ65として生産し、F-84F、A4D、FJなど初期の米国空軍機、海軍機のエンジ
ンとして搭載されています。
その最後は1959年、航空機メーカー集約の動きがエンジン業界に波及し、Bristol Aero Engineと合併してBristol-Siddleyとなり、1966年に
6,360万ポンドでRolls-Royceに売却されました。

113 :******************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/21 11:15 ID:???
William Beardmore & Co.,Ltd.は、1914年3月にAustro-Daimlerの120馬力エンジンを生産するため、Beardmore Engineering Co.の
一部門として設立され、1915年にBeardmore Aero Engineが分離独立しました。
そのエンジンを第一次大戦中の1917年まで生産し、FE2b用のエンジンに用いられ、その後、新エンジンが開発されB.H.P.と呼称され
るようになり、D.H.4/9系列の主力エンジンになります。
第一次大戦戦後、直列6気筒のCycloneが開発されますが、これは売れず、1924年に英国政府が計画したR-101飛行船用4サイクル
直列8気筒ディーゼルのTornadoが開発されましたが、飛行船そのものが墜落して所期の性能を得られず、これが痛手となってこの
会社は消滅します。

Bentleyは、これも現在では高級乗用車のブランド名として有名ですが、W.O.Bentley海軍中尉が、Pierre Clergetに派遣されて1914年に
設計したAdmirality Rotary 1(A.R.1)が最初で、1915年にはそれを改良したB.R.1が製造されます。
これは、Sopwith Camelなど多くの機体の動力として使われ、次いで1917年には、Sopwith Snipeに搭載されたB.R.2が設計され、可成りの
成功を収めました。
戦後、Bentleyは元職の自動車技師に戻り、Sports carの分野で活躍しますが、航空機エンジンがRotary式で無くなったために、二度と
その分野に進出することなく、1932年には会社がRolls-Royceに吸収され、消滅しました。

114 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/21 21:19 ID:???
閑話休題。

>109
中島のエンジンは、Bristol Jupiterから出発していますが、三菱のエンジンは、
Hispano-Suizaから出発しています。
ですから、空冷エンジンへの転換が、三菱は少し遅れました。
川崎が、BMW VIに固執したのと同じですね。

その空冷エンジンについて、中島はBristol Jupiter、後にWright Cycloneの影響を
受けて単列星形を追求したのに対し、三菱は複列星形でアプローチしています。
ただ、複列星形の新エンジンは、軍部の承認を取らずに独自開発を行ったため、
軍部、特に陸軍はこれに冷淡で、中島製エンジンの方を優先的に採用しています。
それに、その頃はまだ単列星形で十分な性能だった訳ですし。

しかし、中島は、全体を見渡すプロジェクト管理者を採用せず、プロジェクト管理者
が独自に規格を作って、個々のエンジンを開発しました。

三菱はbore径はHispano-Suizaの140mmか150mm、strokeは130mm、150mm、170mm
ときちんと寸法を決めていたので、発達型を開発するのは容易で、しかも、同じ径のものを
足していくだけだったので、信頼性の向上に繋がっていましたが、中島は個々のエンジン開発
にあたって、プロジェクト管理者がbore径一つとっても、110、130、140、146、155、160mmと
5種類もあり、性能重視で、信頼性確保は二の次と言った風潮があったようです。

115 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/21 21:20 ID:???
Jupiterを基にした寿は、原型が良いだけに特に問題はなく、軍部の信頼が高かったようです。

ところが、光は、単列星形で大馬力を発揮しようとして、bore径160mmと言うとてつもない巨大な
ものを用いましたが、逆に燃焼効率が悪くなり、少数生産に終わっています。
逆に、ハ2、ハ5は寿のbore/strokeを同じにして、複列星形エンジンを開発しました。
これは、初期にトラブルが発生しましたが、元々の寿が優秀だったために、かなり生産されて
います。
栄は、130mmというコンパクトなbore径で、エンジン回転数を大きくして圧縮比を上げることで、
Balanceの取れたエンジンになっています。

光の反省でbore/strokeを若干小さく、bore径を155mmにしたのが、護です。
これ自体、無理のないエンジンで、発達の余裕があったのですが、誉に開発の中心が移り、
放棄されています。

誉は、栄の18気筒化として製作されましたが、全体が小さく、また100オクタンガソリンが入手
出来なくなったこと、エンジンオイルの質が低下したこと、更に、機構が複雑に過ぎ、その調整
は競争用エンジンの様な繊細さが求められた、まぁいわば、中島の面目躍如というべきですが、
性能に走りすぎて、信頼性をなおざりにしたツケが出た訳です。

116 :わんにゃん@名無しさん:03/07/22 13:07 ID:???
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。

117 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/23 00:21 ID:???
The Bristol Aeroplane Co.Ltd.は以前に紹介したのですが、エンジンに関しては少し補足を。
元々、The Bristol Aeroplane Co,Ltd.は機体のみでエンジンは扱っていませんでした。
1918年、Cosmos Industries Co,Ltd.と言う巨大企業が、エンジン部門をBrazil Strakerと言う会社
を買収したことが始まりです。
1917年にこの工場が開発した最初のエンジンは、Mercuryと呼ばれ、海軍から一時発注されました。
これが、発注取り消しとなり、経営が苦しくなった工場は、Cosmos Industries Co,Ltd.に買収されます。
これにより、小康状態を保ち、1918年に開発したのが、Jupiterです。
Jupiterの簡易型がLucifer、この排気システムは後に自動車メーカーのJaguar社を興した、W.Lionsに
よって組み立てられました。
また、1920年にJupiterの18気筒版が開発され、1000馬力を達成したものが、Herculesです。
ところが、この年、Cosmos Industries Co,Ltd.の主力製品であるロシア向け家財道具を積んだ船が
Bolshevikに拿捕されて、経済的損失を被り、Cosmos Industries Co,Ltd.は倒産していまいます。

しかし、航空省はその技術を惜しみ、Bristolの役員に圧力を掛け、15000ポンドで技術者と製造エンジンの
権利、図面、木工具、治具を購入させ、Bristolにエンジン部門が出来た訳です。
当然、これらはBristolにとっては荷物だった訳で、さっさと追い出したかったのですが、起死回生の一発と
して開発したJupiterIIが、1921年のParis Air Showで好評を得、一挙にエンジン部門を檜舞台に載せた訳です。
その後、Jupiterの発達型を生産した後、Mercury、Titan、Neptune、Pegasus、Perseus、Hercules、Taurus、Centaurus
などの各種エンジンを開発し、Jupiter、Mercury、Titan、Pegasusは、フランス、日本、ポーランドなど各国で生産
されています。

118 :眠い人 ◆gQikaJHtf2 :03/07/23 00:21 ID:???
1940年末、Bristolはガスタービンの研究に着手します。
最初のものはターボプロップTheseusで、軸流式と遠心式とを組み合わせたものでした。
しかし、これは機構が複雑で重量が嵩んでモノに成らず、Proteusが大型機用に開発されます。
ところが、これも凝ったレイアウトをしたために、不具合が出、それが為にそのエンジンを搭載した
Britanniaの販売が難しくなり、Bristolの経営危機に繋がっていきます。
ただ、初期故障を克服した後は、極めて順調で、発電用、艦艇用に採用されています。

一方、ジェットエンジンは、大型機用に軸流式のOlympusが製作され、これはVulkan、Concordeの
動力として使われた上、現在でも艦艇用として使われています。
もう一つは、巡航ミサイル用に開発された短寿命エンジンです。
これを発展させて、Saturnを作り、そこから更にOrpheusに発展します。
1959年、英国航空省の「指導」により、Bristol Siddleyとなり、Bristol本体のエンジン開発は幕を閉じます。

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