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一般大学出身の将校たち

1 :名無し三等兵:03/06/01 05:15 ID:ncty8ycG
のことをいろいろ教えてください(主に第二次大戦時の日本の)。

軍人学校出の将校と仲が本当に悪かったんでしょうか。
それから技術将校(軍医、主計、技術などの専門職)の
待遇はどうだったんでしょうか?

よろしくお願いします。

2 :名無し三等兵:03/06/01 05:18 ID:ibUpbPwG
2get

3 :名無し三等兵:03/06/01 05:19 ID:???
単発質問なの・・・かな?

もしそうだったらこちらでお願いします
■●初心者歓迎 スレを立てる前に此処で質問を 83
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1054046469/


4 :名無し三等兵:03/06/01 05:22 ID:ncty8ycG
>>3
そうですね、単発というよりこのことの全般的なことについて
どんな話でもいいので知りたかったのですが。
他に需要がなければ単発質問かもしれません。
申し訳ないです。

5 :名無し三等兵:03/06/01 06:38 ID:???
>>4
 >>3みたいな仕切り屋は無視すればよろし。

6 :名無し三等兵:03/06/01 06:56 ID:???
学徒と言われる人達のこと?

7 :名無し三等兵:03/06/01 07:26 ID:???
>>5
やっぱり初心者スレだと思うよ。

結局個々の与太話やら四方山話やら集めても軍全体の傾向と
一般化してよいかは分からないし。

8 :名無し三等兵:03/06/01 07:48 ID:???
海軍だと海防艦なんかに多かったらしい。

>>7
大きなお世話じゃボケ。
いつから趣味の軍事板はクソ真面目で統計的な話以外は禁止になったんだ?
お前みたいなクソなしきり屋が板を腐らせているのに気付け。

9 :名無し三等兵:03/06/01 07:58 ID:???
自衛隊の一般大学出身幹部のことじゃだめ?

10 :名無し三等兵:03/06/01 08:06 ID:???
小説ですか 阿川弘之 「暗い波濤」 (新潮文庫?上・下) を読むと良いでしょう。


11 :名無し三等兵:03/06/01 08:23 ID:???
>>9 (・∀・)イイ!

旧軍では一般大卒で一番階級高かった人ってどのくらいなんでしょう?
将官までいった人いるかな。

12 :名無しサンタフェ:03/06/01 10:25 ID:1ge17y+5
>>7
中卒嫉妬君。みぐるすィ〜

13 :名無し三等兵:03/06/01 10:36 ID:???
自衛隊のB幹部とU幹部の関係は
旧軍(特に陸軍)の幼年学校出身者と旧制中学出身者に相当すると思う。


14 :名無し三等兵:03/06/01 11:18 ID:Nowrt6Zy
陸軍の話ですが、試験があって、
文系で成績の超優秀者が主計になり、優秀だと普通の士官、落ちると大卒でも兵卒と
聞きました。海軍は大卒=士官だったらしいです。


15 :ひつまぶし:03/06/01 15:02 ID:???
陸軍燃料廠など読んではどうかね。まあ、灯台と強大ばかりだが。
>>14
ほう、陸軍は輜重輸卒が兵隊ならば…ばかりではなかったのかい。
兵站にねぇ…。

16 :コヴァ:03/06/01 18:09 ID:3dXKO1eJ
>>14
陸軍でも、法曹資格を必要とした法務部将校は100%大学出身者。

17 :名無し三等兵:03/06/01 21:02 ID:zOKv1vQw
当時の大卒はボンボンばかりだから、人殺しが嫌で武器を持たなくて良い
事務系人気。当時の手記にそんなようなことが書いてあるのをみたことがある。
ただそれ専用の試験をうけなければならないはずで、1つの試験で
振り分けっていうのは違うと思う。

18 :名無し三等兵:03/06/01 21:17 ID:jcJbhmZx
軍医中将などは階級は高いよ、731部隊の石井四朗(鏡台・医)などは関東軍の
将軍からも恐れられ、そして憎まれていた。
満州にソ連が攻めてきたときご自慢の細菌兵器を使いたかったらしいが
総司令部に却下されたらしい。


19 :名無し三等兵:03/06/01 21:55 ID:???
>>15

主計将校と兵站将校は違うって。

>>18

術科将校には、大将って階級ないですけどね。

20 :名無し三等兵:03/06/01 22:00 ID:???
兵科は将校だけど機関・主計は士官だよ

21 :名無し三等兵:03/06/01 22:50 ID:???
将校と仕官ってどう違うの?

22 :名無し三等兵:03/06/02 00:09 ID:???
>>21
指揮権があるかないか

23 :名無し三等兵:03/06/02 06:59 ID:+E+uyS/j
>>21艦長が戦死すれば最上位の兵科将校が代理を務める(副長とか航海長)
機関長がたとえ階級が上でも指揮権がないということか?
たしかに軍医では戦闘指揮はできないわな

24 :名無し三等兵:03/06/02 07:25 ID:???
軍医って普通の町医者とかが徴兵されてなるわけ?

25 :名無し三等兵:03/06/02 07:47 ID:x7kcuCWT
>>21
軍令承行令の問題だな
旧帝国海軍では兵科士官のみが《将校》と称されていた

>>23
大戦中ににその軍令承行令が改正されて兵科将校のみならず機関科士官も《将校》になった(詳しい時期に関しては手元に資料がないので詳細記載できず スマソ)
それまでは既出の通り艦長戦死以後の指揮権の継承は副長→先任将校→以下兵科の将校の階級・先任順に継承されて機関長・主計長は例え機関大佐・主計少佐であっても兵科の少尉候補生の指揮を受けるという事になってた(既出の通り)

この《軍令承行令》が原因で開戦時の第一航空艦隊の司令長官が航空をわかっている小沢中将(海兵37期)ではなく水雷出身の南雲中将(海兵36期)を補職せざるを得なかったそうだ
わかりにくい説明でスマソ

26 :25:03/06/02 07:56 ID:x7kcuCWT
>>11
旧海軍の術科士官であれば主計科・造修科では中将まで昇った人はいた
但し殆どが旧帝大出身者でエリート中のエリートだったけど
(これも手元に資料なし(涙) ソースを確認してからも一度書き込みます)

27 :名無し三等兵:03/06/02 08:11 ID:???
>1
学生出身士官(短期現役)の人が書いた手記や小説は結構多い。
漏れが知る限りでお勧めを書いとく。

・>10で紹介されている阿川弘之「暗い波頭」「雲の墓標」
作者は元海軍短期現役士官。自らの体験や同期への取材、充実した史料を
背景としており、フィクションでは有るものの日本海軍を語る上では外せない存在。
海軍兵学校出身者との摩擦などにも触れられている。

・山本七平の「一下級将校の見た日本陸軍」「私の中の日本軍」
日本陸軍を語る上では必須の手記。大学出(当時の知的エリート)の視点から
日本陸軍がどのような組織であったかを描写している。
著者はいろいろ言われることの多い人だが、比島戦の手記についてはやはりピカ一。

・金井英一「Gパン主計ルソン戦記」
>14で出ている試験に合格して主計士官になった著者が語るフィリピン戦体験手記。
とにかく生き残ったのが不思議としか思えない強運(悪運?)の持ち主。
食料の確保のために奮闘する姿は圧倒される。読んで損は無し。

正直、まず初めに初心者スレで質問した方が良いと思うけどな。

28 :名無し三等兵:03/06/02 20:34 ID:1pX4U8lE
だねぇ
結構出版されてると思う。
ただ大戦末期の話が多いよねぇ。

「海軍予備学生」(だったかな)って本が
戦前〜大戦中期の話が結構あったような気して
探したが何処にあるか分からんかった。
光人社ではなかったと思うが

29 :名無し三等兵:03/06/02 20:39 ID:???
旧軍には自衛隊の一般幹部候補生課程に相当するものは無かったの?

30 :名無し三等兵:03/06/02 20:44 ID:DT46zLS/
軍医は指揮権があったと思うぞ。

戦術戦略の基本は習っているし、兵科と同等のはず

31 :名無し三等兵:03/06/02 20:46 ID:DT46zLS/
>>26

平賀譲中将は東大卒

32 :名無し三等兵:03/06/02 20:47 ID:DT46zLS/

ノーベル化学賞受賞した福井謙一博士は陸軍技術大尉、京大卒

33 :名無し三等兵:03/06/02 20:50 ID:???
>>28
蝦名賢造氏の「海軍予備学生」かな
最初は図書出版、文庫版になり中公文庫で

氏は海軍甲事件後宇垣纏の秘書を一時期務めた関係で、
「最後の特攻機」つう宇垣提督の伝記も書いてますね


34 :名無し三等兵:03/06/02 21:10 ID:???
>>33
そうそう、それです。
文庫じゃないと思ってたんで、探しても見つからん罠。

35 :名無し三等兵:03/06/02 21:37 ID:pVVYtSLk
>>30軍医には指揮権は無いと思うぞ、兵科士官と最も遠いところにいる。
>>31平賀造船総監は東大出どころか東大総長にまでなったはづ、天才設計者
だったらしいが、部下のもう一人の天才、藤本少将とは非常に不仲だったらしい。
どこの世界でも才能はあっても変人はいる。


36 :名無し三等兵:03/06/02 21:57 ID:???
>>35
平賀様は「譲らず」と言わしめるほど軍令部の要求と衝突を重ね
科学/工学に忠実であったのでその辺もあるんでは?

37 :名無し三等兵:03/06/02 22:18 ID:pVVYtSLk
海軍の軍艦設計についての本には
「平賀は軍令部の要求でもだめなモノは駄目といっていたが、
藤本は無節操に受け入れたために転覆しやすい軍艦が作られてしまった」
と言う内容のモノと逆に
「平賀の功績とされるモノの多くは実際は藤本や他の部下が設計したモノ」
と言う内容のモノがある回想録を書く人の立場や主観によって評価が180度
違う。

38 :名無し三等兵:03/06/02 22:49 ID:???
平賀氏についてはとにかく毀誉褒貶が両極端だなあ。
過去に軍板でも出ていたけど、本人から面と向かって「溶接乞食」扱いされて以来
マジで平賀氏の名前を見ると怒り狂う様になった人も居たみたい。

39 :38:03/06/02 23:01 ID:???
「溶接乞食」の件が気になったのでちょっと調べてみた。

ttp://yasai.2ch.net/army/kako/1012/10120/1012038388.html
このスレの309,319,336辺りを参照のこと。

40 :名無し三等兵:03/06/03 01:18 ID:???
うーん、艦艇工学入門の岡田先生に平賀の評価を聞いてみたいなあ。
彼なら技術者としてのスキルも歴史家としての知識も十分にあるし、冷静な評価を下せると思うのだが…

41 :名無し三等兵:03/06/03 08:22 ID:HEl8XpVD
主計とか法務とかは戦争中もペーパーワークばかりやってるの?

42 :名無し三等兵:03/06/03 08:34 ID:???
技術将校といえば石井四郎軍医中将を忘れてはなるまい。
731部隊の経費で豪遊三昧だったらしい。
彼はかなりのロリコンで、13、4歳ぐらいの半玉(半人前の芸者)を見つけると
高額の水揚げ代を払って処女を頂いたらしい。
苦痛に歪む少女の表情を眺めながら悦に入るのが大好きだったそうだ。

43 :_:03/06/03 08:37 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/hankaku09.html

44 :名無し三等兵:03/06/03 09:43 ID:???
>>42
京大医学部卒だよね。
高学歴にはロリコンが多い。
俺もそうだが・・・。

45 :_:03/06/03 10:08 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/hankaku09.html

46 :名無し三等兵:03/06/03 10:58 ID:???
>>41
艦艇乗り組の主計は戦闘記録をとることになっていた(S14くらいから)。


47 :_:03/06/03 11:35 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/hankaku09.html

48 :_:03/06/03 13:41 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/jaz04.html

49 :_:03/06/03 15:10 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/jaz04.html

50 :_:03/06/03 16:41 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/jaz04.html

51 :名無し三等兵:03/06/03 23:32 ID:???
>>46
今でもそうです
補給長=戦闘記録員

52 :名無し三等兵:03/06/03 23:40 ID:???
李登輝、台湾人。砲兵少尉、京都大学農学部卒。戦後、中華民国総統。

53 :植民地空挺団:03/06/04 00:09 ID:04s1OjQ8
コリン.パウエル、ニューヨーク市立大学卒、

54 :名無し三等兵:03/06/04 00:31 ID:QkjrXlhi
>>53
アメリカさんにゃ、ROTCがあるからな。
今じゃ士官学校出よりROTC出の方が優秀なの多いらしい。
出世の速度もそんなにかわらんみたいだし。

55 :名無し三等兵:03/06/04 00:34 ID:eRmcblPZ
今、学徒動員があっても大卒って兵卒なんだろうな

56 :名無し三等兵:03/06/04 00:43 ID:5gXrmmfn
「世界の艦船」に2001年1月号から20回ほど連載されていた、
「八重の潮路の果てに」 副題:第1期海軍予備学生の記録 
は読み応えがありました。復員するまで色々な課に配属された
話があり、手にとられる機会があれば一読を勧めます。

57 :名無し三等兵:03/06/04 00:51 ID:XsRNH8oN
学生に関しては米の方が戦意が高かったらしいな。皆、開戦と同時に軍に志願した。


58 :名無し三等兵:03/06/04 01:55 ID:yB4e66BO
日本でも第二次大戦時に特攻隊を志望したのは大卒のが多かったよ。
日記で戦争反対といいつつ、特攻したんだよ。日本のためにって。
当時のエリート階級は責任感はすごく高かったからね。
今はみんな奴隷のようなやつらがエリート気取りだけど。

59 :名無し三等兵:03/06/04 02:07 ID:FJVy+NaU
>>29
一般幹部候補生と趣旨は完全に違うんだが…
米国のROTC制度と似たような制度として>>56のいう【海軍予備学生】という制度があった
この制度は昭和13年から導入されて当初は航空科将校だけに限られていたが
開戦直前に兵科将校にも導入されて1年間の教育(館砲)後に予備少尉に任官
即時召集で少尉に任官して実施部隊へと配属というのがスケジュールだったんだな

60 :名無し三等兵:03/06/04 02:11 ID:???
>>58
なんか戦争になると進んで死地に赴くイギリス貴族みたい。
責任感と自分の存在意義を知っている人間は強いよな・・・。

61 :名無し三等兵:03/06/04 02:32 ID:???
>>55
東大・京大・一橋・東工・早稲田・慶應=少尉から
その他=二等兵から

62 :名無し三等兵:03/06/04 02:46 ID:???
戦略論の著者 バジル=ヘンリー=リデルハート
ケンブリッジ大学 歴史学部 
第一次世界大戦勃発と同時にイギリス陸軍騎兵隊に入隊。
同時に騎兵少尉の位に任官する。



63 :名無し三等兵:03/06/04 03:43 ID:HM2oMaQ3
何かの参考にどうぞ。  家のじいちゃん(88)
現在の東京外語大の英文科卒、身長が155cmの為、徴兵時乙種2類で兵役免除。
しかし、太平洋戦争時通訳官軍属としてフィリピンへ徴用。 そのときの階級は中尉相等官
軍属なのに軍刀を用意させられレボルバー式拳銃も支給された。 
フィリピンには1944年3月までいた。 勤務地はマニラとコレヒドール島だった。
驚いたのは、日本を出発したのが1941年12月6日。 後方配属だが、上陸部隊。  
何処へ、何の目的で行くのかも真珠湾攻撃の後で船内で聞かされたそうな 

64 :名無し三等兵:03/06/04 03:58 ID:???
>>61
???何故に東工???

65 :名無し三等兵:03/06/04 04:16 ID:???
>>64
可哀想だから触れてやるな
自分の母校を入れたかったんだろうな・・・

66 :61:03/06/04 17:14 ID:???
>>65
何故分かったんだ・・・。

67 :名無し三等兵:03/06/04 19:09 ID:???
>>59
現役兵科将校には陸海軍ともなれなかったのね。

68 :59:03/06/04 22:06 ID:FJVy+NaU
>>67
いまと当時では学制が違うからね
学制で考えてみると海兵も陸士も旧制中学卒業後(現在の高等学校卒にあたるか)に入校でしょ?
という事は旧制高校(現在の大学教養課程にあたるか)相当の学歴(?)ってことになる
それに対して大学ってなると中学卒業後に高等学校を経ての入学だから旧制の大学ってのは
いまでいうところの大学院大学にあたるのかもしれない(学位で考えると【学士】だから完全にそうとはいえないんだが)
それだけの専門教育を受けた人間は陸海軍とも一般兵科将校として採用するよりも
造修や主計といった専門分野に【高度な専門知識を有するもの】として採用するだろうし
本人もそう考えて選択するんじゃないだろうか?
法制度としてどうなっていたかはわからないけどこう考えたら少しはすっきりしない?

69 :名無し三等兵:03/06/04 22:09 ID:???
子宮されたリボルバーってまさか…二十六年式の奴?

70 :名無し三等兵:03/06/04 22:13 ID:c9H8phNK
日本の戦前の学制は米国の6-3-3-4ではなく欧州型に近いから
旧制高校は新制大学の教養課程に相当。


71 :名無し三等兵:03/06/04 22:40 ID:m3XxT5gl
>>57
当時のアメリカのエリート意識って日本とはまるで異質だよね。
日本じゃ戦局悪化して学徒出陣ってのが悲壮感を持って語られるけど
むこうでは開戦と同時にアイヴィリーグの学生たちが大勢志願してるよね。

72 :名無し三等兵:03/06/04 22:44 ID:???
>>67
陸軍では幹候出の将校が現役志願する事が出来た(昭和13年以降)。

73 :名無し三等兵:03/06/04 22:44 ID:???
当時の体制や戦争に疑念を抱く者が多かったからという説もあるがどうなん?

74 :名無し三等兵:03/06/04 23:11 ID:???
幼年学校からその道に入った奴らと
普通に中学高校大学といった奴とではかなり相違があったんじゃないかな

75 :名無し三等兵:03/06/04 23:16 ID:c9H8phNK
大杉栄は陸軍幼年学校出身

76 :名無し三等兵:03/06/05 00:24 ID:DeCqH42S
>>74
かなり違いがあるよ、そりゃあ。
日本の悪い軍部となあなあ体制を作ったのは幼年学校出身。
それでも当時は大卒でなければほとんど小学校卒だったんだからそれとの
差よりはましかもしれないけど。


77 :名無し三等兵:03/06/05 01:33 ID:qaftXlr0
>>71
英国も戦時においてはパブリックスクール出身者が率先して戦地へ赴いた。
正直言って、日本のように敗色が濃くなった段階で学生を引っ張り出したところで
ろくな訓練も施せず、学徒兵は捨て駒のような役目しか与えられなかった。

78 :名無し三等兵:03/06/06 21:52 ID:Oe35ExuH
普段の社会的エリートに対する恨みを晴らすかのごとくひどい扱いを
されたらしいよ。特別いじめられたとか。

79 :コヴァ:03/06/06 22:07 ID:wgnWgnTd
>>41
冗談じゃない。
主計は徴発や占領地行政でペーパーワークどころか、紛れもないブルーカラー。
主計の仕事が遅れれば、部隊の士気が即低下。主計の働きが良いと、士気が上がる。主計の見習い士官は、兵科の少佐くらいの頭が必要と言われた。
法務は、裁判官や検察官をやるから、これも忙しい。

80 :名無し三等兵:03/06/06 22:27 ID:4D51jIA5
>>78
まあ大学のエリートでも、人望や統率力、判断力といったリーダーシップの力の無い奴は
軍隊では使い物にはならないだろうな。
青白き文学、哲学青年なんて百姓の小倅より始末におえん。


81 :名無し三等兵:03/06/06 22:44 ID:Oe35ExuH
百姓の子倅は体力とか体格だけはいいやつおおかったらしいね。
おまけに無知で育ちが悪くて体育会系だから従順ですぐ軍隊的
の殴る蹴るっていう風習に染まる。



82 :名無し三等兵:03/06/06 22:47 ID:Oe35ExuH
というか百姓の子倅よりっていうより百姓の子倅が兵隊として最適
っていわれてたんだよね。

83 :名無し三等兵:03/06/07 00:07 ID:+wtf0LEF
>>80
そもそも、陸士海兵出身の軍人は、
帝大を頂点とした一般大卒の学士など軟弱の極みと考えていたようで、
結局、戦局の悪化を見るまで学徒動員に踏み切らなかった。

まあ旧軍の歪んだエリート感が垣間見えてしまうが・・・

84 :名無し三等兵:03/06/07 00:09 ID:MzIibxyD
古参ぶるつもりは全くないが3はどうかと思う。
これのどこが単発質問なんだか激しく疑問だ・・面白そうだと思って
覗いてみたスレにこんなレスがついてると萎えるな。一応この板が出来た
時から通読してはいるんだが・・

85 :名無し三等兵:03/06/07 00:57 ID:???
まぁ、人それぞれ感じ方が違うって事で、スルーしときなさいよ。古参さん

で、面白いかえ?

86 :名無し三等兵:03/06/07 00:58 ID:???
>84
今更そんな亀レスを、しかも上げてまで、しかも自称古参・・・・

87 :にしきの@〜@:03/06/07 02:27 ID:stBWP5wI
>58
ちょっとそれは違うと思います。
日本の当時の学生の多くは学徒出陣まで遊びまくってましたよ。
逆にアメリカは大学が休校になるぐらいに志願者が多かったようです。


88 :名無し三等兵:03/06/07 04:09 ID:u+YLoMzg
どうせ兵隊に取られたら、死ぬだけだ。
合コン、サークルで遊びまくるぞ!
って感じか?

89 :名無し三等兵:03/06/07 08:52 ID:EM1mrkM7
>>77
結局、日本では立身出世のために帝大に入って官僚になるって思考だからね。
ノブリスオブリージュなんて望むべくも無かったということか。
軍人ですらそうなんだからなあ。
社会的に成功して財を成した有能な人物が殆ど無償で政府に入るなんてことも
あまりなかった。まあこれは官尊民卑的考えのせいもあるが。

しかも身内意識だけは強固なもんだから始末が悪い。
沖縄の知事みたいに米軍上前に職務放棄して本土に逃亡したが、
事後承諾同然の人事異動が発令される始末。

90 :名無し三等兵:03/06/07 10:00 ID:NmCTzsB4
そもそもヨーロッパと社会構造が違いすぎる。
日本では華族(これも明治維新の功労者で農民とか足軽上がりが多
かったし)が貧乏で、大学までやることができず、コネで軍人学校
に入るのが多く、主に責任逃れしたのはこの人たち。
日本の華族がノーブルではなかったことが特徴。
農民とか足軽出身が7割もいたしね。

91 :名無し三等兵:03/06/07 16:20 ID:o5i/TT7z
>>61
北海道、東北、名古屋、大阪、九州、あとついでに京城と台北は無視ですか!?

ちなみに、大学名によって士官か兵卒かが別れるということは
当時あったのでしょうか?
大阪外語大の福田さんが将校になっている例からすると、
大卒ならみんな将校っぽい気もしますが。

92 :名無し三等兵:03/06/07 16:35 ID:UAihPISZ
>>90
>農民とか足軽出身が7割もいたしね。
何の七割?華族?根拠になる資料はある?

93 :名無し三等兵:03/06/07 16:59 ID:u+YLoMzg
>>90
華族でなく士族だろう。
華族は江戸時代の大名や高位の公家、明治維新に功績のあった人物。つまり伯爵や男爵と言った
位のある人達であり、それなりに豊かな生活を送っていた。
貧乏だったのは士族。江戸時代の武士だった連中が士族になったわけだけど、経済的に優遇措置
を取られたわけではない。だから貧乏士族の子弟が出世するには、軍しかなかった。

94 :名無し三等兵:03/06/07 17:19 ID:VaCwoOPh
伊藤博文や山県有朋など維新の元勲と自称していた人たちは
足軽・農民の出身ですが公爵です。
公家出身者は身分は高くても財産は少なくまた無責任で軍人は嫌いだった。
大名出身者は裕福な者もいたが新政府や帝国軍人は嫌い、外交官にはなりたがった。

大日本帝国を支えていたのは小地主・自作農クラスと中・下級士族か?

95 :名無し三等兵:03/06/07 17:21 ID:???
>94
そのへん(兵・下士官・将校の出身階級と学歴)について纏めた本が有ったと思うが
題名が出てこない・・・・

96 :名無し三等兵:03/06/07 17:28 ID:GjWLpuf4
根拠といえば、第二次大戦でも本当に英国の貴族は他の階級に
比べて率先して前線に征ったのかが判る資料はあるのかね? 
どこぞの誰々様が憤って出征した、みたいな個別の”お話”
じゃなくて、統計的な資料。出身階層別戦死率みたいなものも
あると参考になるのだが。

そのカタカナ語の元語が出たらしいフランスなんか親玉がモロ
敵前逃亡で話にならん。 


97 :名無し三等兵:03/06/07 18:26 ID:???
> 海軍は、善玉だったのだそうだ。海軍は最後まで太平洋戦争に反対をし続け、海軍士官は
> みんな紳士で,リベラルで、スマートで、女の子にもモテて、金払いも良くて、教養人で
> スポーツマンで、非の打ち所のない人物揃いだったのだそうだ。

> こんなとんでもないデマが、与太話が、いつの間にか戦後日本の常識になりつつある。
   (中略)
> 「海軍はリベラル」という評判は根強い。しかし、この評判を声高に言う人を見ていると、
> そのほとんどが、海軍予備学生出身者である事が多い。

> 予備学生・予備生徒は、当時の日本の社会では、数パーセントに満たない、高学歴の教養人
> である。戦後の社会をリードして来た人ばかりである。戦争中、海軍は、選りすぐりの人材
> を、根こそぎ海軍予備学生や、短期現役の主計科士官・軍医科士官・法務科士官に採用した。
> そのため、予備学生出身者や短現は、マスコミにも、政界・官界・経済界・法曹界・学会・
> 医学界にも、多く在籍し、みな、主要ポストを占めていた。
> ハ
> この人たちの発言力は大きい。この人たちが、旧海軍を懐かしみ、回顧録を書くと、たちまち
> 洛陽の紙価が上がり、海軍の良いイメージだけが定着する。

> 陸軍にも、同じくらい多くの教養人が軍籍を置いたにもかかわらず、なぜか、誰も陸軍を
> 懐かしまない。そのため、陸軍の評判は改善しない。
> ハ
> なんで、こんな現象がおきるのだろうか?

> 一言で言えば、海軍が学歴絶対主義で、高学歴者を優遇したためである。
   (中略)           
> ようするに、陸軍は、高学歴者も一般人も、みな全員を同じ待遇で取り扱ったのである。
> その待遇は、内務班という、刑務所以下の最低の待遇であった。
> 特に、高学歴者を苦しめたのが、古兵へのゴマスリを強要させる点であった。


98 :名無し三等兵:03/06/07 18:27 ID:???
   (中略)
> 当時の日本社会の徒弟制で一般に見られた現象であるが、オンバ日傘育ちの、高学歴初年兵
> にとっては、涙が出るほどの屈辱であったはずである。

> 海軍予備学生には、この内務班がない。どこを見ても、同期生である。また、士官から制裁を
> 受けても下士官兵から虐められることはない。

> 私が思うには、この、「陸軍式の絶対平等」(水呑み百姓のせがれも、貧乏漁師も、日雇いも
> 宿無しも、大学生も、華族の若様ですら、全員平等で、ただの新兵・初年兵・ショネコーと言う、
> 凄まじいまでの平等世界・内務班生活の事)くらい、誇り高い大学生の心を傷つけたものは
> あるまいと思う。
> ハ
> 当時、大学生はスーパー・エリートであった。村で、中学に行くものは、クラスで1−2名と
> いう時代である。大学に進学する者など、村で10年に一人いれば良いほうである。
> ハ
> 大学生になるくらいの資産のある家ならば、女中の数人はいるのが当たり前、田舎の地主ならば、
> 小作人の数十人はいるのが当然。
> 子供のころから、人に頭を下げた経験のないのが、当時の大学生であった。 
> ハ
> 戦前の社会は、現在では想像もつかないほどに、階級社会であった。
> ハ
> その厳しい階級社会の中で、生まれついて特権を有し、その特権が、当たり前のものと認識
> できた、ごく限られた幸せな人たちが、大学生という集団ではなかったろうか??
> ハ
> だとすれば、陸軍の絶対平等社会は、エリート意識から抜けられない大学生たちにとって、
> おぞましいほどの生き地獄であったろうと思う。
> ハ
> 陸軍の幹部候補生は、(甲種も乙種も)中学卒業以上から希望者を採用する。
> しかし海軍は、大学生が予備学生、専門学校生は予備生徒と厳然たる学歴差別があった。
> ハ
> 海軍において中学卒では、何の特権もない。(例外として師範学校卒に、短期間で下士官
> になれる特典があったが、これはいずれまた)

99 :名無し三等兵:03/06/07 18:28 ID:???
> 陸軍の学歴軽視は、中卒の甲種幹部候補生合格を可能にしたが、同時に、大卒の幹部不適も
> 多く輩出させた。
> ハ
> 一番苦しい初年兵時代、どうしても極限の生活を強いられることによって、人間性が、
> あらわになる。なまの人間性をじっくりと観察して、中隊幹部が相談して、候補生の合否を
> 決定した。
> ハ
> 資料によって異なるが、陸軍の場合、大卒も、中卒も、選抜基準に学歴による差異はなかった
> という。
> 大雑把に言えば、志願者のうち、1〜2割が甲種幹部候補生合格  3割が乙種幹部候補生
> 合格 残り半分が、幹部不適任と、いったところであろうか??
   (中略)
> 学歴という、自分最大の誇りや自慢が、全然、評価されず、まったく顧みられないので
> あれば、誰も、そんな組織を懐かしむわけがない。
> ハ
> 日本のエリート階級が、陸軍を懐かしく思わない最大の理由がこれである。

ttp://village.infoweb.ne.jp/%7Efwgi1767/tokumu%20new.htm



100 :名無し三等兵:03/06/07 18:30 ID:???
>99
総括すると、陸軍は人材の活用法を誤ったってことでOK?

101 :名無し三等兵:03/06/07 19:04 ID:???
>>100
んなこたない

軍隊における有能な人材と、学歴は別
ただし、陸軍も「軍隊内の学歴」偏重だった
天保銭さえつけてれば良いんだからね

102 :名無し三等兵:03/06/07 20:00 ID:???
奉天工業大学ってどうなの?

103 :名無し三等兵:03/06/07 20:06 ID:???
大卒者が兵卒っていうのは
何かが間違ってるような気がするが・・・・・

104 :名無し三等兵:03/06/07 20:24 ID:u+YLoMzg
>>97-99
去年読んだ「夢顔さんによろしく」というノンフィクションでも、主人公である近衛文隆
も宮様で元首相の息子でありながら、始めは二等兵として入営して庶民達と同じように古
参兵の衣服の洗濯やら便所掃除をしたという記述がある。幹部候補生の試験までだが、こ
ういった雑事の合間に勉強しないと受からないようなので甘くはなさそう。それに士官ま
でには幾つも試験がある。まあ太平洋戦争が始まる前の話しだから戦時下はどうか知らな
いが…。

105 :名無し三等兵:03/06/07 20:35 ID:u+YLoMzg
>>103
104追加
書き忘れたけど近衛文隆は陸軍に入隊。中尉まで昇進し、終戦時満州にいたところを
ソ連軍に抑留され、シベリアへ送られる。1958年抑留中に病死?上記の「夢顔さ
んによろしく」では病死ではなく、ソ連当局の薬物による死亡ではないかとの説を投
げかけている。
この近衛文隆、米国のプリンストン大に留学経験があるのだが、普通の士官として満
州へ赴任させる辺り陸軍は人材活用を間違っていると思うな。

106 :名無し三等兵:03/06/07 20:37 ID:0krqSz7e
公爵・近衛首相の息子が便所掃除をやらされたのはある意味痛快ではあるな
本人は辛かっただろうけど
東大出の中曽根元首相は自称海軍軍人らしいが軍人らしいことは
なにもしていなかったらしい。

107 :名無し三等兵:03/06/07 20:40 ID:HY3F0oN/
>>106
馬鹿
奴はあれでも長門で比島沖海戦に参加してるぞ

108 :名無し三等兵 :03/06/07 20:41 ID:???
>>105

軍部の報復ですからね。近衛文隆の即日徴兵。

109 :名無し三等兵:03/06/07 20:42 ID:???
イスラエル陸軍では全員二等兵からだそうで。

110 :名無し三等兵 :03/06/07 20:43 ID:???
>>107

本当?ソースキボン。

111 :名無し三等兵:03/06/07 20:43 ID:???
>>97-99
面白いHPだが、しばしば見られる2ちゃんのDQNウヨみたいな言葉遣いと精神主義/観念主義はいただけないな。
「紳士」には程遠いよ、ワロタ。
しかし、英国の差別を直輸入した海軍も、日本の封建残滓の固まりみたいな陸軍も同じで、
目屎鼻糞の類だ。
しょせん、軍隊もその母胎となった社会組織の限界を越えられないという事かな。



112 :名無し三等兵:03/06/07 20:47 ID:HY3F0oN/
>>110
本当だよ
奴の本で読んだことあるし
それに佐藤大輔御大も中曽根殺すために「征途」で長門沈めたんだけどね

113 :名無し三等兵:03/06/07 20:49 ID:u+YLoMzg
ところで学徒兵は入隊先を陸軍か海軍かと選べたのか?

114 :名無し三等兵:03/06/07 21:11 ID:HY3F0oN/
選べました

115 :名無し三等兵:03/06/07 21:33 ID:???
>91
一応、最初から将校扱いなのは、海軍の短期現役とかそういうのだけ。
(ちなみに中曽根は短期現役の主計将校。阿川弘之は学徒動員時に志願こっちは兵科)

陸軍の場合、入隊時は皆平等に二等兵。で、大卒(及び高専卒)はそこから「幹部候補生」に
選抜されて将校への道が開ける。(選抜試験あり)

「幹部候補生」(以下「幹候」)にも甲種と乙種があって、甲は将校、乙は下士官。
下級将校は消耗が激しいので、最初は狭き門だったのが末期は強制も同様の
ガバガバ門になったそうで…

そこいらは、山本七平の日本軍三部作と司馬遼太郎との対談がくわしいよ。

116 :名無し三等兵:03/06/07 21:36 ID:???
陸軍は陸士であっても
一度は兵卒を経験する必要があったんじゃなかったっけ?

117 :名無し三等兵:03/06/07 22:03 ID:???
>>97-99
面白いHPだが、しばしば見られる2ちゃんのDQNウヨみたいな言葉遣いと精神主義/観念主義はいただけないな。
「紳士」には程遠いよ、ワロタ。
しかし、英国の差別を直輸入した海軍も、日本の封建残滓の固まりみたいな陸軍も同じで、
目屎鼻糞の類だ。
しょせん、軍隊もその母胎となった社会組織の限界を越えられないという事かな。



118 :名無し三等兵:03/06/07 22:43 ID:???
>>116 たしか、こんな感じ

陸軍幼年学校、または中等学校
  ↓
陸軍士官学校予科
  ↓
原隊を与えられ、「士官候補生」 階級は一等兵から、ただし階級章の隣に
候補生徽章が着いてるので、並の兵隊じゃないのはすぐわかる
1年もかからずに階級は軍曹になる
  ↓
陸軍士官学校本科
  ↓
「見習士官」として配属、階級章は曹長だが、同じく徽章がつき
部隊内での扱いは士官に準じる 軍服は下士官と同じ官給品
  ↓
何ヶ月かの見習い期間を経て、少尉任官(軍服は自前で仕立てる)
  ↓
少尉、中尉として何年か奉職 大尉になるかならないかの頃、陸軍大学
の受験資格ができる 陸大の卒業徽章が俗称「天保銭」

119 :名無し三等兵:03/06/07 22:59 ID:???
>>111、117
健忘症?

120 :間違いがあれば訂正求む:03/06/07 23:32 ID:???
>>115 「幹部候補生」は中学卒でも資格があったはず 

一般の壮丁と同じく二等兵で入隊 ビンタの嵐
  ↓
中隊長(実際は人事係の特務曹長か曹長)が、能力を見定めて
上等兵修業者、幹部候補生試験受験者などをを選ぶ → 上等兵修行者は二年兵時に上等兵
候補生試験は兵隊の意志によるが、上官の“勧め”は影響力大
  ↓
幹部候補生選抜試験 
合格成績下位者は「落ち幹」の蔑称をもつ「乙種幹部候補生」(乙幹)→ 教導団 → 軍曹(?)
合格成績上位者は「甲種幹部候補生」として部隊内でスピード昇進 軍曹の階級まで(?)
  ↓
陸軍予備士官学校 (座間にある士官学校とは別物)
  ↓
見習士官 
あつかいは士官学校卒の見習士官と同じだが 徽章が
予備士官学校卒業の物とデザインが違い「座金」と呼ばれる差別
  ↓
何ヶ月かの見習い期間を経て、「陸軍予備少尉」任官 (“予備”という名でも部隊に居る)

座間の「士官学校」卒は「現役少尉」で、数校あった「予備士官学校」卒は「予備少尉」
弾雨の中を軍刀持って突撃するのは「予備少尉」の割合が多かったと言われる


121 :名無し三等兵:03/06/08 00:04 ID:gOHWe0OF
>>華族が貧乏 について

もともと華族は足軽・農民出身が多いので裕福ではない。
公家華族は江戸時代悲惨に貧乏で物乞いとか京都では言われていた。
華族は昭和はじめには商売に失敗して破産しているのが多かった。

うちのおじいさんの部隊で華族の一族で兵卒がいたらしい。
華族は基本的にコネで大学に入れるので陸軍の士官試験ですらとても通らない
ような頭の悪い人もいたらしいよ。

122 :名無し三等兵:03/06/08 00:08 ID:gOHWe0OF
士官試験に落ちた華族のは京都帝大卒(現京都大学)。
その人の家はそんなに貧乏ではなかった様子。

123 :名無し三等兵:03/06/08 00:19 ID:u4CQ9D6m
海軍も末期は大卒も水兵で海兵団に入団してそこで試験を受けて
受かったら士官へも道を歩んだ。
学徒出陣組は、ほとんどが一旦水兵になっている。
搭乗員で言ったら、学徒出陣組は、14期予備学生もしくは1期予備生徒
(生徒は専門学校在学等)。聞けわだつみの声で有名な13期はその一つ
前のクラス。14期は、乗る飛行機もなく、そんなに戦死していない。



124 :121,122:03/06/08 00:28 ID:gOHWe0OF
つけたしだけど、その兵卒の華族は、華族の一族とはいっても
本人は平民だった。士族もそうだけど華族も分家すると平民になる。

125 :121,122:03/06/08 00:30 ID:gOHWe0OF
兵卒の華族は→兵卒は

126 :名無し三等兵:03/06/08 02:18 ID:kcODMAD8
つまり戦前の日本で豊かだったのは地主だな。
今も昔も土地持ちは豊か。
でも戦後の農地改革で土地を無くした地主もいるか

127 :名無し三等兵:03/06/08 03:29 ID:gOHWe0OF
地主なんてたいしたことないよ。
財閥(商人)が裕かだったのが戦前の日本。
江戸時代から武士は貧乏で商人は裕福。
明治維新は武士の商人への借金踏み倒し。
戦争で一番損をしたのも商人である。
商人っていっても今の小売店とは違うよ。
「企業家」っていう意味。

128 :名無し三等兵:03/06/08 10:00 ID:ss29RLtB
>>99
「きけわだつみのこえ」を読むかぎり海軍学徒もかなり軍に批判的な人間が多かったようにみえたんだけど
どうなんですかね?

主計とか軍医とか専門職は大卒しかいなかったわけですよね?
その人たちも新兵特訓とか兵科と同じようにうけたんですか?


129 :名無し三等兵:03/06/08 10:43 ID:???
華族には2種類ある
1・江戸時代以前から宮中の政を司るために勤めた家柄家族
2・明治維新以降軍功その他で爵位をもらった新華族

前者ははっきり言って貧乏。土地を持っているわけでもなく御所のお世話
をするだけの方々ですから。子爵クラス(江戸時代大名や清華家の分家)
は爵位返上が多かった。そのため一時金制度が設けられたほどです。
後者は年金は貰える、元々農地を持っているなど食うに困らない連中。
両者の末裔知ってますが、現在でも同様。

130 :名無し三等兵:03/06/08 14:59 ID:???
>>128
やってる最中と、それが終わって何年かした時とでは気持ちが変わるのは
よくあることじゃん。ミリヲタなんかは運動部出身が少なくて理解できない
かもしれないけど、練習が辛くて仕方なかった部活も何年か経てば懐かしい
思い出だよ。
それに「〜わだつみ」は、どちらかといえば左がかった連中が引き合いに
出すものだから、軍に批判的なのが目立つようになってるし。

131 :名無し三等兵:03/06/08 21:07 ID:???
>>121 以降の華族制度に言及している名無しさん方
論点がスレッドのタイトルからずれてる
最近2ちゃんねるを見るようになったんだけどこういったことがここの流儀か?
なんか自分の知ってる知識を垂れ流しすればいい、って考えてるように見えるんだが

あ、煽りではないんで…(汗)

132 :名無し三等兵:03/06/08 21:16 ID:???
風紀厨晒しage

133 :名無し三等兵:03/06/08 21:17 ID:???
今の自衛隊幹部の、一般大学卒業者の割合はどのくらいなのかな。

134 :名無し三等兵:03/06/08 21:19 ID:???
今まで一般幹部候補生から将官になった人は一人だけとか

135 :ハンモックナンバー180:03/06/08 21:57 ID:/m3fu6Ur
>>133
海上自衛隊の場合1課程(防衛大学出身)と2課程(一般幹部候補生試験合格者)の割合は《ほぼ》五分五分
若干1課程の人間の方が多いかな
防衛大1期卒の佐久間海将が海幕長→統幕議長になりましたのでそれ以前の将官(旧海軍若しくは一般大学出身)は10年ほど前に全員退官なさってます
ゆえにほぼ五分五分のバランスが保たれているかと

>>134
厳密にいえば防衛大学出身者も《一般幹部候補生》出身です
この場合の《一般幹部》とは《技術幹部》《飛行幹部》や《医科・歯科医科幹部》など
技術系幹部と区別する意味での《一般》ということになります(海上自衛隊の場合)
海将補になれるのは各期とも数人ですから防衛大学出身者の方が確率は高い可能性は
否定できませんが今後の人事の流れをみないとなんともいえないかと

ちなみに現2MSS校長(海将補)は早稲田出身
(幹部名簿は《注意文書》なので一般の人は公開されない限り経歴はわかりにくいかと思いますが)

136 :名無し三等兵:03/06/08 22:03 ID:???
>>135
ちょっとスレの趣旨とはずれますが、
技術幹部や薬剤幹部で将官という人はいるんでしょうか?

137 :名無し三等兵:03/06/08 22:11 ID:u4CQ9D6m
戦時中とか大学の教授を例えば少将待遇でひっぱって来たりした。
森鴎外も軍医でかなりいいところまで昇進している。
薬剤はどうだろう。731部隊の石井少将とか?かれは医者か。

138 :名無し三等兵:03/06/08 22:13 ID:???
まあ医師であり研究者であり軍人である。

>>石井四郎。

139 :135:03/06/08 22:17 ID:/m3fu6Ur
>>136
首席衛生官(医官)は海将補になります
技術幹部しかつけないポストというものがありますから技術幹部からも将官への道はあります
(各期とも技術幹部は1桁しかしませんので)
何処の部隊がそうだったかはいまちょっと手元に資料がないので即答できないんですが
すみません(汗)

140 :名無し三等兵:03/06/08 22:18 ID:XBWOgy/f
自衛隊初の一般大学卒将官って女性医官でなかったですか?

141 :名無し三等兵:03/06/08 23:37 ID:0W2q1/3f
森鴎外の階級は軍医総監で後の軍医中将
731部隊の石井四郎は軍医中将のはず
もちろんその前は軍医少将だっただろうが

142 :名無し三等兵:03/06/09 00:29 ID:???
>>137
> 森鴎外も軍医でかなりいいところまで昇進

失礼な。森鴎外は軍医の最高職「軍医総監」になっている。東大を卒業の後、
そのまま陸軍へ。ドイツ留学の時期(これも官費留学だから、おそらく軍医
として)もあったが、ずっと軍に身を置いた。鴎外の役職は有名だけど、
ざっとネット上を漁った所では階級が出てこない。

軍医の最高位の階級は「軍医中将」。明治や大正初期は若干軍制が異なっていた
かもしれないけど、鴎外もこれと同等くらい(最先任軍医中将?)の扱いだろう
と思われる。731部隊で有名な石井四郎も、最高位は軍医中将になってる(731
部隊長再任時)。彼も京大医学部主席卒業後、そのまま陸軍に入っている。

兵科(歩兵科、砲兵科、工兵科、騎兵科…)の「将校」の階級は大将まであるが、
各部(技術部、経理部、衛生部、獣医部、法務部)の「士官」は「中将相当」の
階級までしかなかった。つまり直接戦闘に関わる兵科(輜重兵も兵科)のように
大将はない。なお、元帥は階級じゃない。

呼び方も厳密には「陸軍主計中将」(経理部)、「陸軍陸軍軍医中将」(衛生部)、
「陸軍薬剤中将」(衛生部)、「陸軍法務中将」(法務部)のように呼んだ
ようだ。それから各部の中でも軍学部にはさすがに将官相当の階級はないらしい。

143 :名無し三等兵:03/06/09 01:09 ID:???
一般大学の医学部からそのまま軍隊に進む例として、松本清張の短編「首相官邸」が
大いに参考になる。2・26事件を題材にしたセミフィクションだが、軍隊のしくみ
について嘘を書いても意味ないし、清張自身が現実に陸軍の衛生兵だったので、まず
間違いはないと思う。それによると・・・

> 木村は去年の三月にT大医学部を卒業し十二月の入営までは医局にいた。(中略)
> 医師の免許を持っている者は軍医を志願することができる。むしろ徴兵検査官から
> 積極的にそれをすすめた。この歩兵第一聯隊に入営と同時に軍医候補生となって
> 今年の一月一日付で機関銃隊に配属替となった。そうしてこの二月一日に見習医官
> を命じられた。初年兵としての教練はたった一ヶ月ばかりである。(後略)

1ヶ月の教練というのは、「気ヲ付ケ!」や敬礼、縦列行進なんかに毛の生えた程度
のもんじゃなかったかと勝手に想像。その後は勉強と軍医の補佐。演習では隊列の後
についてテクテク行くらしい。

「見習医官」は士官学校や予備士官学校を出た「見習士官」に準じ、曹長の階級章に
徽章つき。何ヶ月か後に「陸軍軍医少尉」となり、あとは年功序列と実力と運とゴマ
すり次第で昇進したんだろう。ただし「将官相当」になるような軍医は留学したり
研究を続けたり、何らかの学校に入り直したりしてると思う。

144 :名無し三等兵:03/06/09 01:13 ID:???
>>142
軍楽部だよね?軍楽部の最高位は、昭和15年9月以降は軍楽少佐までとなった。

145 :名無し三等兵:03/06/09 01:49 ID:???
>>144 そのとおり、変換の間違えをやらかしました。他にも間違いがあるし・・・

兵科と各部について、及びその待遇の違いについて参考になるページ

> さて、日本陸軍の場合、将校とは、少尉以上の各兵科の武官をいう。

> 兵科とは、憲兵科・歩兵科・騎兵科・砲兵科・工兵科・航空兵科・輜重兵科をいう。

> 兵科とは、文字通り、兵隊を指揮して、戦闘を行う部門である。それに対して、
> 兵科を支える後方支援部門として、各部というものがあった。

> 各部は、衛生部(軍医と薬剤官、歯科医科、衛生の四種類があった。衛生は、さらに
> 磨工・昭和一五年以後、療工と改称 と、看護・昭和一五年以後、衛生と改称、に分
> かれた。) 経理部・獣医部・軍楽部の四部があった。(のちに法務部も加えられた)        

> 各部の武官は、将校相当官と呼ばれた。将校と将校相当官とでは、その待遇に大きな
> 違いがあった。たとえば、帽章・階級章などは、大正十一年九月二六日に改正されるまで、
> 大ざっぱに言えば、将校は金モール・将校相当官は銀モールであった。

ttp://village.infoweb.ne.jp/~fwgi1767/jiten1.htm

146 :名無し三等兵:03/06/10 00:28 ID:???
まあ、お前等白デブ眼鏡ヲタなど徴兵検査で合格することもないんだが・・・。

147 :名無し三等兵:03/06/10 01:00 ID:???
>>146
ふーん。で?

148 :名無し三等兵:03/06/10 02:11 ID:???
帝国陸軍では兵科(歩兵科、砲兵科、工兵科、その他)の場合、陸軍大学を卒業して
いなければ少将以上の将官になるのは、ほぼ不可能だった。士官学校卒くらいでは
少佐か中佐まで出世するのがやっとで、大佐になるのは希だったそうだ。これは現役
将校のことだから、甲種幹部候補生は予備士官学校卒の予備将校扱いなので、さらに
出世が遅くなったに違いない。連隊長の階級は通常大佐なので、連隊長は士官学校
卒の陸大卒と考えてもよさそうだ。参謀も原則として陸大卒じゃないとなれなかった。

もっとも、これは平時の進級、平時の編成について書かれたものを読んだので、昭和
6年から20年までずっと続いた戦争中には、戦功によって特別に昇進した非陸大卒
の将軍もいたかもしれないし、戦死による特進で少将になった人なら絶対いたと思う。
また終戦間近にはやたらと連隊が増えて、格の低い連隊では中佐の連隊長というのも
確認できるので、幹部候補生から連隊長になれた人もいるかもしれない。でも大原則
は、兵科の将校として出世するには陸大卒が必須条件だった。

その陸大に進むのは陸軍士官学校卒の現役将校ばかりで、陸士卒以外の陸大卒業者は
歴史上2人だけ、そのうちの1人は東条英機の実父…というのをどこかのサイトで
読んだけど、今探しても出てこない。

>>1の結論をいえば、旧日本陸軍では一般の大学を出ても兵科なら出世も望めないし、
各部の将校相当官は兵科と差別されるので、どっちにしても良い待遇は得られない。
職業軍人としての栄達を考えているなら、士官学校(から陸大)だけが唯一の道だと
言い切れるだろう。


                         海軍は興味ないから知らん。

149 :名無し三等兵:03/06/10 02:51 ID:???
>>148
平時の陸軍の予備将校は見習士官で兵役を終えて少尉に任官して予備役編入
だったんじゃなかったっけ?
日中戦争の頃から状況は変わって、そのまま召集されて軍務に服するようになっ
たけど。
陸士を出ていない陸大卒業者はたしか教導団出身者じゃなかったかと。

海軍も陸軍と同じようなもので、兵科将校しか大将になれなかった(機関科、主計
科他はアウト)し、海軍予備士官も商船学校等卒業時に少尉に任命して即予備役
編入だったし(海軍予備士官の現役編入は1934年から認められるようになったが、
海運業界も人手不足気味だったせいかあまり転進する人がいなかったらしい)。

戦時用語の基礎知識(光人社NF文庫)が詳しい。

150 :名無し三等兵:03/06/14 13:21 ID:???
age

151 :名無し三等兵:03/06/14 16:52 ID:dtpPPmVj
将校の中における大卒出の割合はどんなもんですか?

152 :名無し三等兵:03/06/14 17:29 ID:d82QVj1w
>>149
最後まで陸軍予備士官学校を卒業した時点で、陸軍少尉任官即予備役編入、で即日応召で
予備少尉として配属(陸軍はいちいち海軍みたく予備と頭に付けないけど)じゃ
なかったっけか?。

>海軍も陸軍と同じようなもので、兵科将校しか大将になれなかった

確か兵科出身じゃ無いと、菊のご紋章付きの船の艦長にもなれなかったよね。
どうも差別感は海軍の方が陸軍よりひどい気がするけど・・・・。
もっとも戦争末期には陸軍じゃ陸士出将校の比率なんて30%程度だったって
話聞いた事が有るし、いちいち露骨な差別してられないか。w

153 :名無し三等兵:03/06/14 17:40 ID:???
>>151
陸海軍とも、建軍から消滅までの延べ数なら士官学校/兵学校及び同等の
軍学校出身者の方が多いと思う。

日中戦争以降の各年度毎なら、昭和13年入校の士官学校55期生が2300名
程なのに対し、同年に採用された兵科甲種幹部候補生は5600名程。
ちなみに翌14年採用の甲幹はなんと約11000名。

ということで、下級将校では幹候の比率が非常に多くなり、歩兵連隊100名の
将校のうち、陸士出は指折り数える程に低下したとか。

154 :名無し三等兵:03/06/14 19:07 ID:NlNzrt1i
>151
予備将校として召集。本人願により現役編入。
この場合陸軍大学受験資格有り。ただし連隊将校団の推薦受けれれば。

まぁ、国家公務員二種地方採用が一種受かって本省採用のキャリアに任用替えするようなもんですな。(まず無理。)

あと、二等兵で現役入隊、士官学校予科合格〜陸軍大学合格と言う人は
ちらほら・・・・有ります。

155 :名無し三等兵:03/06/16 09:41 ID:???
>154
兵出身で陸大合格者って居るの?
制度上は可能だったが実際は一次試験を通っても無理やり落とされるのが当たり前で
陸大卒業者名簿には一名も載って居ないってことを書いていた本があったが。

156 :名無し三等兵:03/06/16 10:56 ID:???
光人社NF文庫の陸軍燃料廠に兵卒から教導団、陸士、陸大と進んだ
長谷川基中将(最終階級)って方についてちょろっと書いてあります。
どっかのスレで他にいないかたずねたところ、いない訳でもないとのレスが。

157 :名無し三等兵:03/06/16 18:25 ID:???
陸士本科は必ず予科を経由する必要があったんですか?

158 :名無し三等兵:03/06/16 21:16 ID:???
>>156
長谷川基中将っていうのは確かに陸士24期、陸大31期(大正8年卒)にいるようだけど、
それが「二等兵で現役入隊」かどうかは、ネット上で調べたところでは不明だな。
ttp://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikudai6.html

そもそも陸士24期は明治時代の入学(本科卒業は明治45年5月)だし、条件が大分違う
ということはありそうだ。
ttp://homepage1.nifty.com/kitabatake/rikugun5.html


一般論で言えば、陸軍士官学校は当時の秀才が行くもの。「一高か陸士 か」というレベル。
内務に追われる兵卒が、どうやって陸士受験の勉強をできるのか。使い捨て士官を生み出す
「予備士官学校」(それですら容易ではない)とは話が違う。

陸軍士官学校予科に入学できるのは、旧制中学4年修了から。年齢にして、16,7歳くらい
か。一方、二等兵に現役入隊ということは20歳で徴兵検査を受け、その後だから、そこから
陸士合格・予科入学したら21歳くらいになっている。年齢が違いすぎる。現代に例えてみれ
ば、高校を卒業した後に建設現場で20代前半まで働き(しかも朝早くから夜遅くまで自分の
時間などなくみっちり働く)、東大受験に合格、さらに陸大というなら大学院の博士課程に
進学するようなもんだろう。それが「ちらほら・・・・有る」と?  

>>154 の書き込みは、その他の点も含めてあまり信憑性を感じない。

159 :名無し三等兵:03/06/17 02:10 ID:???
手元にある本に、陸大や陸士の卒業者数が書いてあった。それによると陸大は明治
16年(1883年)に開校、第1期卒業生が明治18年(1885年)に卒業
してから昭和20年(1945年)の第60期まで、総計3007人。東条英機の
父、東条英教を含めた第1期生はわずか10人。もう一人の非陸士卒、谷田文衛が
いた第2期生は9人。その後第12期まで20人以下で、明治32年(1899年)
から昭和16年の第54期までは30人代から多くても70人代という狭き門。
昭和17年(1942年)からは年に100人以上の卒業者を出しているが、難関
にはかわりないだろう。それだけの能力を持って生まれた人物が、みすみす二等卒
から軍歴を始めるもんだろうか?

陸大には他に「専攻学生」60人、「専科学生」480人が卒業していると書いて
あるが、それがどういう学生なのか確かなことは自分にはわからない。「専攻学生」
というのは陸大の正規教育を卒業した後さらに研究を続けた者かなと勝手に推測。
「専科学生」とは部分的な教育を受けるものだろうか。今の大学なら聴講生みたい
なものか?有名な卒業生には「加藤隼戦闘隊」の加藤健夫中佐(戦死後少将に特進、
陸士37期)もいる。加藤の軍歴では「陸大卒」とはなってない。

陸軍士官学校は明治10年(1877年)に「旧1期」の117人が卒業している
が、なにしろ西南戦争で西郷隆盛が腹を切ったのと同じ年なので、「士官生徒」と
呼ばれた旧式制度は11期までに総計1285人の卒業生を出して終わっている。
明治23年(1890年)「士官候補生」と呼ばれる新制度の卒業生から新たに
第1期として数え直して、昭和20年(1945年)に最後の卒業生、第58期
までの卒業者は、航空士官学校を含めて総計50018人。50数年間で5万人。
やはり少数精鋭のエリートだと思う。中国との戦争が慢性化してきた昭和15年
(1940年)ごろから、1期あたりの卒業生は2千人以上だが、不景気と軍縮の
時代だった大正後半から昭和初頭の平時では、1期あたりの卒業生は300人台、
200人台程度しかいない。


武岡淳彦 著『日本陸軍史百題』(亜紀書房1995年)ISBN4-7505-9521-7

160 :名無し三等兵:03/06/17 12:07 ID:???
>>157予科を予備校か何かと勘違いしてるのか?
一般教養を受けないで、いきなり高校から大学3年に行けるか?

161 :名無し三等兵:03/06/17 15:03 ID:???
>>157
昔、大学は予科と本科に分かれていたんだよ。陸士、海兵も同様
現在でも2年まではすんなり進めるが、単位不足は3年になれないのは
その時の名残。また、現在でも学士入学と言って3年(本科)からの入
学制度は存在する。
陸士の場合、予科を出ると士官として任官されて原隊に配属される。
その時『命課下達式』という最も怖い儀式の洗礼を受ける。
これを受ける事によって郷土部隊の一員となり、郷土防衛に全力を尽くす
任務が与えられる。その後、2年の本科を経て軍人としての戦術基礎知識
を学ぶ。

162 :名無し三等兵:03/06/17 15:53 ID:L+Ffufai

スレタイから外れるけど、海軍書記官ってのは、なかなか面白い役職だったと
聞いているが、詳しい人いないかな…

163 :名無し三等兵:03/06/17 16:13 ID:???
>>161
> 陸士の場合、予科を出ると士官として任官されて

ここは違うでしょ。予科修了したら士官候補生。
本科を卒業しても見習士官を経て、やっと少尉に任官。
>>118参照。
でも士官候補生は一等兵じゃなくて、上等兵の階級から
スタートしたようだけど。一等兵は幹部候補生でしょ。

164 :名無し三等兵:03/06/17 16:13 ID:???
>>161
> 陸士の場合、予科を出ると士官として任官されて

ここは違うでしょ。予科修了したら士官候補生。
本科を卒業しても見習士官を経て、やっと少尉に任官。
>>118参照。
でも士官候補生は一等兵じゃなくて、上等兵の階級から
スタートしたようだけど。一等兵は幹部候補生でしょ。

165 :名無し三等兵:03/06/17 23:21 ID:8JZ2Wrfj
【キユのレス】
   このレスを見た人間は十三日以内にキユになります。
      ※あなたにキユを回避する方法が一つだけあります。
     それはこのコピペを一時間以内に7つ、別のスレに貼り付ける事です。
              ∧∧ キュワッ!
            ヽ(゚∀゚)ノ   (´⌒(´
            へ(   )   ≡≡≡(´⌒;;;≡≡≡
                >    (´⌒(´⌒;;
ロケットで突き抜けろ!ロケットで突き抜けろ!ロケットで突き抜けろ!
Live Like Rocket!  Live Like Rocket!  Live Like Rocket!

166 :森鴎外:03/06/17 23:30 ID:XTr2Seig
余は、東京帝国大学医学部を卒業し、独逸留学中は、舞姫と仲良くしたりしていたが、帰国後、作家業との二足のわらじを履きながら、陸軍軍医総監(中将相当)になり、退官後は、宮内省にも出仕したぞ。


167 :名無し三等兵:03/06/17 23:55 ID:???
>158
156じゃないが…

手元にある「陸軍燃料廠(文庫版)」では、
「長谷川は生年こそは東條英機と同年であるが、一兵卒
から累進し、教導団を経て士官学校へ入校したため、東條
より七年遅れの卒業であった。しかし、結果的には陸士か
ら陸軍大学卒業まではわずか七年(東條英機は10年を要し
た)という短さで、最後は中将にまでのぼりつめた。」
とあります。


168 :名無し三等兵:03/06/18 00:18 ID:3WQY+X1C
森鴎外軍医総監閣下!
脚気予防のため出征将兵に玄米・麦飯を喰わしてよろしいでしょうか?


169 :名無し三等兵:03/06/18 00:32 ID:cR1QP17H
定員のうち4分の3はコネだったんだよ。
親父が軍隊の偉い人で士官学校出だと無試験で入れた。
そういうところだ。
優秀なのは残りの本当に試験のみで入った人間だね。

170 :名無し三等兵:03/06/18 00:42 ID:3WQY+X1C
試験は受けたはずだが試験官に答えを教えてもらった。
優秀な学生の隣の席に座らせてもらえた等の噂が当時からあった。

171 :名無し三等兵:03/06/18 00:45 ID:ViYEXaiS
>>169
何処で拾ったんだ、そんな与太話w

172 :名無し三等兵:03/06/18 01:44 ID:5/hfg3zr
海兵は、定員の下位1割位は、有力者の子弟とか引っ張ってきたと
聞いた事がある。阿川弘之の本で、将官の息子が海兵に受かった際に
席次を聞いて、親が喜んだ話がある。(コネでない事が分かって)

話が代わるが海軍航空予備学生の13期は5000人採用だが、
12期までは多くても100人。


173 :名無し三等兵:03/06/18 01:53 ID:cR1QP17H
>>171
小林よしのりの戦争論だったと思う。

174 :名無し三等兵:03/06/18 01:57 ID:???
>173
ソースの名前を見るだけでも萎えるが,陸士の話か?陸大の話か?

175 :名無し三等兵:03/06/18 02:01 ID:cR1QP17H
陸士

176 :名無し三等兵:03/06/18 02:04 ID:???
戦争論は1だけならまあ良いと思うのだが

177 :名無し三等兵:03/06/18 02:11 ID:???
>>172
そのエピソードは海軍経理学校の話で、岡田啓介大将次男の貞寛氏のこと。
「海軍こぼれ話」にある。岡田貞寛氏の場合は官報の入学試験の席次を見た
らぎりぎり指定枠ではない成績で合格していたから、「子弟枠ではない」と
岡田大将が喜んだというもの。

海経にあるんだから多分海兵にも同様のシステムがあったと思われる。

陸士の軍人子弟枠は確か50人くらいだったような気がする。
ちなみに入校特別枠ではないが、陸軍幼年学校の月謝は大佐以下の軍人の
子弟と戦死者の子弟はロハまたは半額だった。

178 :名無し三等兵:03/06/18 09:04 ID:???
幼年学校って給費制じゃないの?

179 :名無し三等兵:03/06/18 09:38 ID:???
コネで入れても昇進は卒業時の席次で決まるわけだからアフォは排除されたのでは?
もっとも席次が良いからといって軍人として優秀とは限らないわけだがね。

180 :名無し三等兵:03/06/20 01:06 ID:XJuVjy/j
何かに、軍医とか主計とかの将校はサーベルが抜けないのだ、って書いて
あったんですが、そうなんですか?

181 :名無し三等兵:03/06/20 02:48 ID:???
>>180
どういう意味を指してるのか分からんが・・・
非戦闘員の軍人は軍刀を抜刀できないって意味か?
抜くことくらいはできたろうが、戦闘の「抜刀」となったら手を切るだろうな

182 :名無し三等兵:03/06/20 04:25 ID:K34gDIyL
わて一応大卒ですが、もし日本に徴兵制が復活したら二等兵になるん
かのぉ。。

183 :名無し三等兵:03/06/20 04:41 ID:+5qJkfzS
>>182
戦前と違って今は大卒当たり前になったからな・・・
やっぱり大学のレベルによって士官か二等兵か別れるんじゃないか?

東大・京大・一橋・慶應・早稲田・東工大までが士官で,その他は二等兵
といった辺りで落ち着くと思われる。

184 :名無し三等兵 :03/06/20 05:09 ID:???
つーか現在大卒2士が半分の教育隊があるそうな。日テレでみた。

185 :名無し三等兵:03/06/20 06:45 ID:???
>>183
せめて旧帝大ぐらいいれてあげなよ。
突撃用小隊長ってのも必要なんだし(w

186 :名無し三等兵:03/06/20 09:18 ID:???
戦前学徒将校を輩出した大学/専門学校はOK・・・
とか不毛な争いをしてみる

187 :名無し三等兵:03/06/20 09:45 ID:fdywSeTX
軍人なんてハローワークで募集すれば100個師団ぐらい簡単に集まるよ
また多重・ブラックOKの特別攻撃隊も志願者が多いと思われ

自殺者3万人、自己破産者20万の国だ、使い捨ての命には事欠かないよ

188 :名無し三等兵:03/06/20 10:03 ID:???
100個師団てw
1個師団あたりの定数はナンボだ?


不毛な話になってきたのでsage

189 :名無し三等兵:03/06/20 10:10 ID:???
>>187
そんなに一気に人員拡張した場合、
装備調達はどうするのでつか?(w

190 :名無し三等兵:03/06/20 10:51 ID:???
軍人だけは学業成績で計れないからなあ
士官学校ドベで卒業しても名将となった者もいるし
(代表格がピケット将軍。1842年ウェストポイント独走ビリで
卒業。軍人としては常勝の名将。負け戦はゲティスバーグでの突撃
位しかない…)
陸軍大学主席卒業してもカスはいる
(多すぎて語れん)

有事の将校調達は実際予備将校募集及び義勇軍募集で集まった
大卒をドイツ参謀本部式チャートで振り分けていくが正解だろう
指揮官・スタッフ・兵隊・捕虜収容所の警備員

191 :名無し三等兵:03/06/21 09:06 ID:I5TZAFqN
>東大・京大・一橋・慶應・早稲田・東工大までが士官で,その他は二等兵

んなことはないだろう。当時の陸軍方式で、軍に入るときにさらにもう1回
試験をやってその成績で決めるのが妥当だろう。大学名じゃなくて。
もちろん、上の大学の人たちのほうが他よりはいい成績をとるやつは
多いだろうが。

192 :名無し三等兵:03/06/21 09:12 ID:I5TZAFqN
陸軍には東大でも二等兵とかいっぱいいるのをお忘れなく。
(当時は東大でもコネ入学があったからかもしれないけどね)


193 :名無し三等兵:03/06/21 10:39 ID:???
>>192
ほとんどすぐに試験受けて将校になったけどな。

194 :名無し三等兵:03/06/21 11:07 ID:???
>183
なんつーか、大学模試の結果についてくる偏差値表をはじめて見た工房の様な
レスだなあ。

195 :名無し三等兵:03/06/21 12:28 ID:???
中卒なんだろ

196 :名無し三等兵:03/06/21 23:42 ID:???
パットンがアナポリスを主席で卒業したような逆転の発想かも

197 :名無し三等兵:03/06/22 03:38 ID:???
>>193
右も左もわからない新兵にとって、一番辛い一期の検閲までの何ヶ月が「すぐ」とは?

198 :名無し三等兵:03/06/22 21:14 ID:RvWI47h6
>197
3年くらい辛抱したら怖いもの無しの存在になれるのだが。

199 :名無し三等兵:03/06/22 22:38 ID:???
星の数より飯の数

200 :名無し三等兵:03/06/22 23:46 ID:???
>>198
見習士官になって原隊に帰ってきても、その後少尉に任官しても
一つ星の初年兵時代を知っている古株の下士官からは、随分いじわるな
仕打ちを受けたという証言は多いんだぜ

お前ら日本人のくせに旧軍のこと知らなさすぎ
単なる兵器ヲタがこのスレで世迷い言ぬかすな

201 :名無し三等兵:03/06/22 23:54 ID:???
>200
「そういう証言が多い」ということと「そういう状況が一般的である」ということは
全く違う罠。

202 :名無し三等兵:03/06/23 11:12 ID:IiuiUlh/
>>201
そういう証言が多いってことは、一般的な状況だと見なして良い。
つーか、旧軍が階級よりメンコの数だってのは常識だぞ

伍長よりも1期先輩の上等兵殿が威張っていたなんて証言は腐るほど読んだな。


203 :せいら・ます・おおやま :03/06/23 11:20 ID:???
>>202
そんなもなー今の自衛隊でもあるよん。

204 :201:03/06/23 11:37 ID:???
>202
「星の数より・・・」については承知の上
でもやっぱり理屈としては変だわな。
母集団と比較してそういう証言の数が有る程度の割合だと言うならともかく。

あと、原隊にそのまま配属される短期ってのもどれだけ居たのかね?
原隊を避けて赴任先決定っていう例は読んだことはあるが、原隊にそのまま配属ねえ・・・

205 :201:03/06/23 12:11 ID:???
誤:短期現役
正:見習士官

ついでに、当時の日本軍でも兵-士官間のその手の意識は問題と認識されていたはずで
止むを得ない場合はともかくわざわざ問題が起きそうな配置をするかな?

206 :名無し三等兵:03/06/23 21:05 ID:2k/CEhNG
>200

無理して昇降なんかならんでも上等兵位でマターリ戦争終るの待つのて有り?
3年兵とか4年兵なら大威張りで遊んでいられたらしい。



207 :名無し三等兵:03/06/23 21:11 ID:???
>>206
それは誰に聞いたの?
遊んでられるって。


208 :名無し三等兵:03/06/23 22:50 ID:???
>>206
終戦間際にはもっとメンコの数の多い連中(満期除隊→即再召集)がたくさんいるか
らあまり意味はない罠。

209 :名無し三等兵:03/06/23 23:28 ID:wPMYzwIS
たしかに戦争中は再招集された30代の伍長や軍曹が多数いたらしい
うちの祖父もそうだったらしい、大学にOBが戻ってきたようなものか?

210 :名無し三等兵:03/06/24 02:15 ID:???
>>204
学 校 の 教 育 を 受 け た あ と 帰 っ て く る か らこ そ「 原 隊 」な ん だ よ !
この辺の大原則が解らないならROMってたほうが良い。

予備士官学校や、士官学校を終えて別の部隊に行く場合というのは

イ:戦争が激しくなり新しい連隊を編制したので、そちらにまわされた
ロ:兵時代と連隊は同じだが、人事で気を利かせてくれて「別の中隊」にしてくれた(原隊はそのまま)

っていう例なら、時々あるだろうさ。
ただし、帝国陸軍は将兵を「原隊」という軍隊戸籍で管理した事実を無視するなよ。
そもそも陸軍の話していながら、短期現役なんて海軍の制度がポロッと出てくる程度の
奴がナニを?

211 :名無し三等兵:03/06/24 02:40 ID:???
問題

士官候補生、幹部候補生
士官学校、予備士官学校、予科士官学校
中央幼年学校、地方幼年学校
現役兵、補充兵、召集兵

コレラノ違ヒヲ明確ニ説明セヨ

212 :名無し三等兵:03/06/24 19:02 ID:???
とりあえず201は馬鹿。

213 :名無し三等兵:03/06/25 11:05 ID:???
近所のおじいさん…軍曹だった昭和11年2月29日にタイーホされて
6ヶ月の禁錮刑になり一等卒に降格の上、予備役逝きに…
半年後、日中戦争が勃発して再召集となり、元の部隊に戻された。
部隊では軍曹が一等卒に敬礼するという奇怪な現象が起こったそうな

ちなみにこのおじいさん、昭和11年2月28日までは歩兵第三聯隊
第一〇中隊所属軍曹だった。翌日、上級指揮官なく部隊を勝手に動か
して私物化したということで、第二中隊の下士官と共にブタ箱逝き


214 :名無し三等兵:03/06/25 20:26 ID:???
>>213
226事件に呼応しちゃったんだねぇ・・・・

215 :名無し三等兵:03/06/29 00:52 ID:???
age


216 :名無し三等兵:03/06/29 15:27 ID:YDWzQ0lp
世論は226の決起部隊に対して好意的だったらしいから
おじいさんは密かに名誉だと思っていたかもしれないね

217 :名無し三等兵:03/06/29 19:21 ID:/QBuKMMK
軍楽士官って音楽大卒ですか?
戦争中は軍楽士官って役に立ちそうもないけど何をやっていたんですか?

218 :名無し三等兵:03/06/29 20:09 ID:???
>>217
軍楽士官つーのは編曲とか大変なんだぞゴルァ

219 :名無し三等兵:03/06/29 22:41 ID:???
>>217
再教育受けて通信兵ってのが多かったらしい。

220 :名無し三等兵:03/07/01 00:42 ID:???
>>216
うえまあ白馬に跨って近衛率いる先帝陛下を見たかった訳だが

221 :名無し三等兵:03/07/01 17:14 ID:O8uKvEmJ
一般大卒の将校は”まとも”です。
戦争中にあって唯一合理的に考えているのは大卒将校です。
法学部経済学部卒の主計官は非常に優秀で、インパール作戦など主計科中心
に大反対していたらしいですが、やはり軍国主義という社会では立場が弱い
のか、一蹴されてしまいました。


222 :名無し三等兵:03/07/01 17:59 ID:OiOmmY3G
京都大学理学部化学科大学院修了の福井謙一博士は陸軍技術大尉にして
京大理学部助教授を兼務していますた。

石油化学の大家、陸軍燃料廠の至宝だったそうでつ

223 :名無し三等兵:03/07/01 23:01 ID:???
>213
そのじいちゃん、豚箱逝き程度で済んで良かったねぇ。
下手したら青年将校と一緒に銃殺だったかも!
((((;゚Д゚)))ガクガクブルブル

224 :名無し三等兵:03/07/03 19:10 ID:???
何処の学校が多かったんだろ?

225 :名無し三等兵:03/07/03 19:48 ID:2DlnNzPK
>>224
何が?

226 :名無し三等兵:03/07/03 20:20 ID:UtD3ByL4
★★完全無修正のエロエロサイト★★
http://upbbs.s2.x-beat.com/linkvp/linkvp.html

 ↑ 
このサイトマジやばいです。早く見ないと消されちゃうかも・・・


227 :***********************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************名無し三等兵:03/07/09 16:18 ID:???
>210
>(甲幹について)初年兵教育を受けた中隊(原隊)に将校となって再び帰ることは無く、
>将校任官時には別の部隊に配属するというのが原則だった。

という記述が、河野仁「<玉砕>の軍隊<生還>の軍隊」の中に有るんだが・・・・

228 :名無し三等兵:03/07/14 03:19 ID:daNLYcvV
age

229 :山崎 渉:03/07/15 11:59 ID:???

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
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 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
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230 :名無し三等兵:03/07/20 04:27 ID:neA8H/EE
>>227
原隊ってのはただ学生の所属部隊を示しているだけであって、
学生修了したら、そのまま元の部隊に戻るとは限らないんだよね。
>将校任官時には別の部隊に配属するというのが原則だった。
これが正しいでしょ。

231 :わんにゃん@名無しさん:03/07/22 13:20 ID:???
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。

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