2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

【誰でも】旧日本軍の軍人を語ろう【いいです】

1 :厨房:03/05/25 00:50 ID:Qr6TurQ2
日本軍に限定しますが、誰でもいいので軍人を語りましょう。
まだ自分は未熟者なのでそんなに語れませんが。
できれば海軍系をお願い致します。

2 :名無し三等兵:03/05/25 00:51 ID:???
2

3 :名無し三等兵:03/05/25 00:55 ID:???
山下奉文陸軍大将

4 :厨房:03/05/25 00:56 ID:Qr6TurQ2
>>3
おお!マレーの虎!


5 :名無し三等兵:03/05/25 00:57 ID:???
お題は多田武雄で


6 :厨房:03/05/25 00:58 ID:Qr6TurQ2
>>5
それはどなたですか?
お教えねがいたいのですが。

7 :名無し三等兵:03/05/25 00:59 ID:???
じゃあ榎本武揚からはじめろや

8 :名無し三等兵:03/05/25 00:59 ID:???
>>3
晴郎ちゃん

9 :0−0:03/05/25 01:00 ID:???
鈴木中尉の話を>1にしてあげたらどう?

佐藤少尉の話もいいかもね

10 :厨房:03/05/25 01:02 ID:Qr6TurQ2
>>9
知りませんなあ。どういった方ですか?
まだまだ自分は未熟者だなあ。

11 :名無し三等兵:03/05/25 01:04 ID:XkRD43zG
生きて虜囚の辱めを受けず

海軍軍人の鑑 福留 繁 海軍中将

12 :名無し三等兵:03/05/25 01:05 ID:???
自分の語りたい人物から始めておきなさい

13 :名無し三等兵:03/05/25 01:18 ID:EVlVrbfv
神  重  徳  を  語  れ

14 :厨房:03/05/25 01:24 ID:Qr6TurQ2
小 松 兵 曹 長 を 語 っ て く だ さ い

15 :名無し三等兵:03/05/25 01:26 ID:5jGxXSNe
東条英機陸軍大将

16 :名無し三等兵:03/05/25 01:30 ID:EVlVrbfv
>>14
結局あの彗星は魚雷をつぶせたんだろうか?
1本だけ撃破できた説と全く駄目だった説があるが

俺的には撃破出来たと信じたい

17 :名無し三等兵:03/05/25 01:49 ID:CIHNlLWD
猛将:小林 仁

18 :名無し三等兵:03/05/25 03:02 ID:QaFsUnDw
宇垣纏
彗星43型

19 :名無し三等兵:03/05/25 03:21 ID:???
勘違いしてる人もいるようなので一応レス

「生きて虜囚の辱めを受けず」とは戦陣訓の一節。
で、戦陣訓は陸軍省(長は陸軍大臣東條英機)が出したものだから、
海軍には何の関係もない話なんですわ。

20 :名無し三等兵:03/05/25 03:49 ID:???
おいおい。
小野田少尉の話は既出してないのか?

>>1みたいな厨房に聞かせるには、まぁ失礼な話だがもっとも相応しいだろ。

21 :名無し三等兵:03/05/25 13:30 ID:???
>>1
洪思翊中将について語ってくれ。

22 :名無し三等兵:03/05/25 13:58 ID:???
>>19
フクトメと絡めて茶化してるだけでしょ

23 :名無し三等兵:03/05/25 19:05 ID:???
人材的には陸軍>海軍なんだろうか?

24 :なんのこっちゃ:03/05/25 23:38 ID:???
>>19
>海軍には何の関係もない話

え〜先陣訓の適用除外特権は海軍と言えども高級将校に限られております


25 :わけがわからん:03/05/26 00:06 ID:???
>海軍には何の関係もない話
>え〜先陣訓の適用除外特権は海軍と言えども高級将校に限られております

海軍将兵であっても、陸軍省発行の戦陣訓を守らねばならなかった
当然の事ながら、海軍将兵は陸軍省発行の戦陣訓を守る必要はなかった。
どっちが正しいの?

26 :名無し三等兵:03/05/26 00:07 ID:???
>>1
では、ウチのひいじいさんについてひとつ…
ウチのひいじいさんは陸軍入隊後、勇んで大陸へ渡ったにもかかわらず、戦わずして脚気にかかり、死にますた…



おもしろいかい?

27 :名無し三等兵:03/05/26 00:10 ID:???
私は大正七年(一九一八年)年生まれの今年で八十五歳になる元海軍中尉です。
太平洋戦争中は、主に空母瑞鶴飛行隊に所属し、零式艦上戦闘機などの飛行士として
真珠湾攻撃など様々な作戦に参加致しました。
戦争で多くの同胞を失い、自身も敵機との空中戦や敵艦船からの対空砲火など
幾度もの修羅場を経験致しました。

戦後、二等空佐として航空自衛隊のパイロットに招聘され、国防や後進の指導に
従事しました。
現在は、隠居生活をしております。

私が若かった頃には、軍艦や戦闘機などはありましたが、家庭には冷蔵庫や洗濯機もなく、
現在とは比較にならないほど不便な時代でありました。
しかし、人心は希望に満ち溢れ、皆、生き生きとしておりました。

今の時代は、物や情報に満ち溢れ、これだけ便利な時代になったのに、
不景気からでしょうか、元気の無い人が多いように思います。
そして、礼儀や思いやりや優しさに欠けた人が多いように思います。

大正、昭和、平成と、時代の流れを自身の目で見て来たつもりですが、
ここ数年の世の中の風潮は、私には理解に苦しむところが多々見受けられます。
戦後復興から昭和の時代が終るくらいまでは順調だったように思いますが、
平成の時代に入ってから、この国はどんどんおかしくなって来ているように
思います。

私には、今の若い人達を勇気づけ励ます言葉が見つかりません。
八十年以上生き長らえて参りましたが、私は、ただ、日本の将来を悲観する
ばかりです。

http://human2.2ch.net/test/read.cgi/ms/1050924541/318

28 :名無し三等兵:03/05/26 02:15 ID:r6lSjv4a
海軍中将猪口敏平!最後の武蔵艦長。すんません、同県人なもんで(概出の福留繁も)

29 :名無し三等兵:03/05/26 02:46 ID:???
薬専を繰り上げ卒業して予備士官になり、
士官候補生/下士官時代は特級射手として、士官任官以降は
衛生少尉として常に支那大陸を駆け巡った祖父はどんな軍歴だったのだろうか。
82歳の今でも戦地の夢にうなされる事があるらしい・・・祖父ちゃん(つДT)

30 :名無し三等兵:03/05/26 21:47 ID:3+ANx5iD
>>21
>洪思翊中将について語ってくれ。

また聞きだから、真偽のほどはわからないですけど、
こんな話を聞きました。

戦後、先般として処刑され、更に日本への協力者とされた
洪思翊中将の奥さんは、それは大変苦労なされた様子です。
あるとき、某総理(失念)が「洪思翊のご遺族はどうしている?」と聞き、
洪思翊中将の郷里で隠居しているという話になり、
若い頃に洪思翊中将には、あれだけ世話になったのに御気の毒だと
生活に困らないように、お金を送ってそうです。
たいそう、ご婦人は感謝したとか。

たしか、洪思翊中将にはお子さんがいなかったのですよね。
出世も異様に早かったし、部下にも信望が厚かったみたいですね。


31 :名無し三等兵:03/05/26 21:53 ID:???
大日本帝国陸軍歩兵伍長遠藤運蔵の事を語っていいですか?

32 :名無し三等兵:03/05/26 22:14 ID:???
>>31
solehakiminojijiidane

33 :名無し三等兵:03/05/26 22:28 ID:???
>>30
洪思翊氏のご長男に洪国善氏が居られたと思うが。

34 :厨房:03/05/26 22:31 ID:hywuwnm0
自分としては山口多聞少将を語って欲しい。
今読んでいる「小説・太平洋戦争」で、山口少将が艦と運命を共にする所、
前から知ってはいましたがまた読んで感動して泣きました。


35 :会津中将:03/05/26 23:17 ID:???
山口少将ねぇ。。。嫌なハナシだね。

山口県といえば長州。つまり山口出身者はどんな能無し(例:乃木大将)でも
将軍になれるが、朝敵とされた東北出身者は能力の有無にかかわらず
兵隊とまりだったのさ。
その不条理を嘆いたことわざが「山口少将、会津二等兵」なのさ。



深いイミは有りません

36 :厨房:03/05/26 23:22 ID:hywuwnm0
ふむう・・・
では本間中将の話はどうです?
自分の知っている話では妻に逃げられて悲しくなって死のうとした
話ですかな。

37 :名無し三等兵:03/05/26 23:22 ID:???
昭和の聖将、今村均ですが何か?

38 :名無し三等兵:03/05/26 23:57 ID:???
>>36
navy?


39 :名無し三等兵:03/05/27 00:53 ID:???
やっぱしS藤中尉とN村軍曹でしょ。

「このボケッ!!」
「畜生、いつか殺してやる…」

40 :名無し三等兵:03/05/27 02:00 ID:???
>>35
ホラ吹くな。山口多聞少将は東京出身だ。

41 :名無し三等兵:03/05/27 04:12 ID:???
>>40
>>35の「山口少将、会津二等兵」ってのは
山口(県出身者は黙ってても)少将、会津(藩出身者は幾ら頑張っても)二等兵
って意味で、大正初期あたりまでの陸軍の俗話。
ちなみに海軍では、山口(長州)っていうより鹿児島(薩摩)が優遇されてたね。
↑も大正初期までの話だけど。

まぁ要するに「山口多聞少将」という意味で「山口少将」と書いたところ、
>>35は「山口(県出身の)少将」を連想した、というわけ。
だから>>35は「山口多聞は山口出身だから楽して少将になったんだ」といってるわけじゃないんだよ。

42 :名無し三等兵:03/05/27 05:42 ID:???
>>31
また遠藤さんのまんしゅ〜が始まるのかえ?

43 :名無し三等兵:03/05/27 10:28 ID:???
陸軍燃料廠という本に兵卒から最終的に中将まで昇進した長谷川基という方について
ちょろっと書いてあったのですが、他にもこのような例はあるのでしょうか。


44 :名無し三等兵:03/05/27 12:21 ID:???
>>43
少しネット上で調べてみたら、長谷川基って人物は陸士の24期らしいでふ。
陸士入学は16才だったか18才だったか、とにかくその辺だったから、
徴兵される前に入学していると考えた方が良いと思う。
って考えていくと、長谷川基は兵卒になる機会すらなかったのではないかと。

二等兵から出発したら、最高階級は大尉ぐらいかな?
陸士出たばっかりの少尉が少将になるには30年近くかかるので、
二等兵が少尉になる期間までをも考慮すると、
兵卒が将官にまで昇進するのはチョット無理だと思う。
それでも、明治・大正あたりならあり得るかもしれませんが。

45 :43:03/05/27 12:48 ID:???
>>44
陸軍燃料廠によると、長谷川さんは兵卒から下士官になったのちに士官学校へ入学。
後に陸大をでたそうで、士官学校から陸大卒にかかった年月は東条英機より短かったとか。
自分もぐぐったのですが、この本以上に詳しい経歴については見つかりませんでした。



46 :名無し三等兵:03/05/27 17:48 ID:???
>>41
普通の読解力があれば判ることなんだけどねえ(苦笑

47 :名無し三等兵:03/05/27 19:28 ID:???
武藤信義も教導団あがりから陸士へ
最終的には元帥陸軍大将

孫の村上兵衛が「桜と剣」で伝記を書いてるから一読どうぞ

48 :会津中将:03/05/27 23:11 ID:???
軍事板全体がチョット閑散としているようなので
軽いネタレスを振ったのだが、どうやら真面目なスレだったようで
>1よ。空気読めなくてゴメンな。

でもオイラの故郷では今だに
鹿児島人=イタリア(卑劣な裏切り野郎)
山口人=アメリカ&イギリス(鬼畜=不倶戴天の敵)
なんだよぉ。

49 :名無し三等兵:03/05/27 23:22 ID:3Ss0kE2J
結局、杉野はどこにいたんですか?

50 :無名兵士:03/05/27 23:26 ID:4IMbFmar
山口さんもすごいが、実際の操艦をしていたのは柳本艦長?
だったかな。 すごいよね爆弾、魚雷、何十発はずしたのだろうか?
飛龍ばんざい

51 :名無し三等兵:03/05/27 23:28 ID:jno+Oyg8
ふたばの軍板よりこぴぺ


牟田口 廉也[むたぐち れんや]さん5月23日午後4時
40分、急性心不全のため死去、密葬は25日に近親者の
みで執り行われた。明治21年10月7日生。佐賀県出身。
牟田口さんは戦時中に陸軍第15軍司令官としてイン
パール作戦の指揮を執った。戦後は中華料理店「ジン
ギスカンハウス」などを経営。


52 :じんべえ:03/05/27 23:32 ID:UlC+l3BB
ああ、無茶口司令官ね

53 :名無し三等兵:03/05/27 23:33 ID:???
>>49
昭和21年くらいまでは神田近辺に居たらしいけど

54 :海軍省 ◆Sxktxf9fvA :03/05/27 23:39 ID:???
>>5

多田っち、忘れ去られている......(泣


55 :名無し三等兵:03/05/27 23:47 ID:???
>>50
柳本柳作は蒼龍艦長
加来止男が飛龍艦長
両氏とも艦長で終わる器で無いと思われるだけに惜しい。

56 :名無し三等兵:03/05/27 23:49 ID:???
で優秀な艦長クラスが次々とブクブク沈んだので
慌てて艦と運命を共にすることなかれ。と内示したのだけど
気がついたら残っていたのは栗(略

57 :名無し三等兵:03/05/28 00:01 ID:???
>>54
http://www.google.co.jp/search?q=cache:lT5YjbIcdnsJ:www10.plala.or.jp/i_shakyo/shakyo_kyokucho_7.htm+%E5%A4%9A%E7%94%B0%E6%AD%A6%E9%9B%84&hl=ja&lr=lang_ja&ie=UTF-8&inlang=ja
ご壮健な多田っち(・∀・)ニヤニヤ

58 :名無し三等兵:03/05/28 00:06 ID:???
>>56
しかし生き残っても青木艦長(赤城)のような運命が・・・。
バックマスター(ヨークタウン)も艦放棄が早すぎると批判され、
後は陸上勤務のみ。
なんか、どちらの組織も了見せまいよな。

59 :海軍省 ◆Sxktxf9fvA :03/05/28 00:19 ID:???
>>57
あはは、ほんとだ...(w

60 :厨房:03/05/28 00:37 ID:QBw3Ndtf
>>49
杉野って、あの広瀬中佐の歌で有名な杉野さんですか?



61 :名無し三等兵:03/05/28 01:13 ID:c3kC5mg6
杉野ってばくちばかりしてて、みんなからはけむたがられてたみたいだね。


62 :名無し三等兵:03/05/28 02:59 ID:???
小澤治三郎

63 :山崎渉:03/05/28 15:48 ID:???
     ∧_∧
ピュ.ー (  ^^ ) <これからも僕を応援して下さいね(^^)。
  =〔~∪ ̄ ̄〕
  = ◎――◎                      山崎渉

64 :名無し三等兵:03/05/28 16:39 ID:???
>>48
> でもオイラの故郷では今だに
そうでしょうね、おそらく同じような経験をした長岡に行った事がありますが
「河井継之助フェア」をやっていて、なるほどと思ったのを覚えてます。
あそこは山本五十六が出たのでまだマシかもしれませんが…。


65 :名無し三等兵:03/05/28 17:01 ID:K6wVe4iw
http://aa2.2ch.net/test/read.cgi/aasaloon/1052645637/l100

日本軍のAAを作ろうすれ。みんな参加してくれ

66 :名無し三等兵:03/05/28 17:07 ID:???
牟田口廉也は最低最悪のクズ!!

67 :名無し三等兵:03/05/28 18:41 ID:LJ/WVuqo
木口小平って芯でもラッパを離さなかった人だろ
何でそれで戦時英雄なの?

68 :じんべえ ◆2kK64Yc21o :03/05/28 18:45 ID:74pGVbJN
>>67
のどを撃ちぬかれ、それでも血でラッパを吹いていたから

69 :名無し三等兵:03/05/28 19:54 ID:???
>>60
そそ。杉野はいづこ。
何処におわしたのか気になるのです。

70 :名無し三等兵:03/05/28 20:25 ID:???
>>47

1月8日付読売新聞朝刊死亡欄より(写真付)

「戦中派世代の論客 村上兵衛氏
(本名・村上宏城=評論家)6日、肝不全で死去。79歳。・・・

 ・・・戦中派世代の論客として活躍した。著書に『昨日の歴史 大宅壮一と三島由紀夫の生と死』
『国家なき日本』など」

この板には最近来たばっかだからガイシュツかも知れんが一応。めずらしく写真付で掲載されてた。
この人の本は結構好きだったからショックだったよ。よもやま物語シリーズも書いてたんだよね

71 :名無し三等兵:03/05/28 20:36 ID:???
>>68
すごーい!詳しいんだね。

72 :鷂@元とんぼでし。 ◆Kr61cmWkkQ :03/05/28 21:40 ID:???
>>35
かなり亀レスになるが、
会津では出羽重遠は忘れられた存在なのだろうか?
明治期には、海軍大将は皇族と薩摩が独占していた。
初めて薩摩人でない海軍大将となったのが、この出羽。
朝敵筆頭の会津藩士、それも白虎隊員が海軍大将に踊り出た。
誇るには古すぎるのかな?

73 :名無し三等兵:03/05/28 21:41 ID:???
>>67
単に氏後硬直だったと法医学の本に・・・

74 :名無し三等兵:03/05/28 23:19 ID:o/mFzYZZ
>>72
会津出身者の中でも大多数を占める「能無し」は
コネやら何やらでオイシイ思いを出来なかったことを恨んでいる
ってことじゃないかな?
大多数が能無しなのは別に会津だけじゃなく
茨城人の俺も含めて日本全体のことだけど。
でも朝敵とされた土地の連中は、北の寒い所に無理やり移住させられたり
それなりに迫害された歴史があるようだけど
それは敗者の常。

なんて達観したフリをしたりする(w

75 :名無し三等兵:03/05/29 00:40 ID:sc5Ger+Y

英国中学中の若き東郷平八郎大尉はカッコいいのう
さぞや女にモテまくっただろう

76 :名無し三等兵:03/05/29 00:44 ID:sc5Ger+Y

戦後、かつての部下に報復でコロされたりシバかれたりした人います?

花谷正などは無事天寿を全うしたようですが

77 :名無し三等兵:03/05/29 11:30 ID:???
立見尚文は出世したけどなー

78 :名無し三等兵:03/05/29 11:46 ID:jS4muN5Q
そりゃ無類の戦上手ですもん>立見鑑三郎

79 :名無し三等兵:03/05/29 12:32 ID:8u76axe+
奥保○大将も小倉藩の朝敵でなかった?


80 :名無し三等兵:03/05/29 12:52 ID:???
奥保鞏(1852(嘉永5年)〜1919(大正8年))

階級:大将 最終階級:大将元帥 出身:福岡
 日露戦争時の第二軍司令官。
 陸軍司令官中、唯一薩長州以外の出身者である。しかも幕末時には
佐幕派であった藩出身である。
 それでも当時薩長閥で占められていた陸軍上層部に「彼は外せない」
とまでいわれたほど、彼の手腕は優れていたからであろう。

 その期待に答え、よく日露戦争を戦い抜いた彼は、それでも、凱旋時に、
迎える小学生の列に向かって「すまん」と瞑目した。

 「武人は政治に関与せず」というのが信念で、軍人らしい軍人だったという。

81 :名無し三等兵:03/05/29 14:06 ID:tpr7Zdd3
杉野兵曹長の息子さんは、後に海軍の幹部になったというのはほんと?

82 :名無し三等兵:03/05/29 14:20 ID:???
朝敵藩出身者は陸軍大臣&海軍大臣にはなれなかったな
出世に関しては普通
聞いた話しだが、朝敵藩の中でも当時戦犯とされて切腹させられた家は
かなりの迫害があったらしい。
会津藩家老萱野権兵衛の息子はいじめにあって自決


83 :名無し三等兵:03/05/29 15:01 ID:o0g1gNdV
>>81
http://www.asahi-net.or.jp/~zq9j-hys/BBC.htmの「長門」最後の艦長欄を・・

84 :名無し三等兵:03/05/29 15:17 ID:???
万年二等兵の山崎渉(^^)について語ろう!

85 :名無し三等兵:03/05/29 15:45 ID:???
漏れの叔父を語ってくれ。
大陸で戦死じゃ。

86 :名無し三等兵:03/05/29 16:41 ID:???
んじゃあ俺の爺ちゃんも語れよ。
84歳元中尉でまだ存命中。

87 :名無し三等兵 :03/05/29 18:18 ID:V9kvWkl2
俺の爺ちゃんはクーニャンに会いたくて中国行きを希望したが失敗し、内地の通信部隊に
配属されて特に戦闘を経験しないまま終戦→除隊。

88 :名無し三等兵:03/05/29 23:25 ID:???
>>76
軍人ではないが兵事係の小役人が八分にされた話は
聞いたことがある。

今思えば文句のつけようのない「生贄の羊」=スケープゴート


89 :名無し三等兵:03/05/30 14:08 ID:???
朝敵最出世は元帥山本五十六海軍大将だな
長岡藩藩士の息子・後に長岡藩家老で戊辰戦争中処刑された山本帯刀家を継ぐ
薩長が作った軍隊を葬り去った佐幕派の英雄だな…w

90 :名無し三等兵:03/05/30 16:59 ID:???
杉山元は福岡出身だから賊藩出身てことになるのかな?
だとしたら、こちらの方が出世してると思うぽ。
何てったって、元帥陸軍大将に加え、陸軍大臣・参謀総長・教育総監(陸軍三長官職)経験者。
この3職を経験した者は、一世紀近い陸軍の歴史の中でも杉山元と上原勇作の2人だけ。

91 :名無し三等兵:03/05/30 20:57 ID:???
東条もほとんど盛岡に属すと言ってもよかろ

92 :名無し三等兵:03/05/30 22:15 ID:O6wphw/c
井上成美

93 :名無し三等兵 :03/05/30 22:31 ID:???
海軍主計小監・竹内十次郎
アニータさんの上を行く香具師。

94 :名無し三等兵:03/05/30 22:34 ID:???
撃墜王 坂井三郎

95 :名無し三等兵:03/05/30 23:12 ID:coR/5za6
昭和に入ってからは藩閥に対する反感から薩長出身者の方が
冷遇されたという話も聞いたことがあるが
ホントのところはどうなんだろう?

96 :コヴァ:03/05/30 23:22 ID:6dhL2EgK
>>89
賊軍も賊軍、会津白虎隊士から陸幼、陸士へ進み、会津唯一の陸軍大将となった柴五郎に比べれば、まだしもという気が……
山縣有朋は柴の大将昇進を聞いて怒り狂ったらしい。

97 :名無し三等兵:03/05/30 23:25 ID:???
山県か……ほんと頭の痛い香具師だな。
昭和の悲劇の責任の半分はアイツにあると漏れは思っているぞ。

98 :ソルジャー陸介:03/05/30 23:29 ID:6dhL2EgK
憲那漢和(けんな・かんわ)
海兵初の海兵生徒。日露戦争では巡洋艦「日進」航海長。
航海術の権威として知られ、大正時代の皇太子御訪欧時には、御召艦艦長の大役を任される。
関東大震災後、横須賀防備隊司令を最後に、少将で退役。
退役後は衆議院議員として政界進出し、内務政務次官等を務める。

数えてみたら、戦前戦後を通じて、高級将校に登った沖縄出身者は、漏れの知る限り、憲那少将を含め、
陸:将補1、大佐(1佐)計2
海:少将1、大佐1
 の5名しか出ていない。

99 :名無し三等兵:03/05/30 23:43 ID:???
山県は独裁者としては有能なヤシだったと思うけどね。
ただ死後その権力だけが一人歩きしてしまったのが・・・。

100 :ソルジャー陸介:03/05/30 23:44 ID:6dhL2EgK
>>97
しかし、無能とも言えない。
戦術家としてはともかく、軍政家、戦略家としては傑出している。
バランス感覚と戦略センスは、明治陸軍にとってなくてはならない存在だったといえよう。
明治日本のオーベルシュタインと呼ぶべきか。

101 :名無し三等兵:03/05/30 23:46 ID:???
いわゆる薩長土肥の中では土佐の軍人って異様に少ない気がするんだが気のせい?

102 :名無し三等兵:03/05/30 23:48 ID:X86vVk31
西南戦争における政府軍のロジステックスを立案実行したんぢゃないか?>山県

103 :97:03/05/30 23:55 ID:???
彼が政略家として非常に有能であったが故に困るのだな。
現代の企業でも見られる悲劇だな(球団身売り話の出た再建中スーパーも同じ)、
成功体験と己の創造物に固執しすぎた...しょせん、人間はそういうもんだが、
だからこそ江戸時代の「隠居」「君主押込め」のような引退・排除のシステムが無いとなぁ。


104 :名無し三等兵:03/05/30 23:58 ID:???
現代の山県=中曽根か?(w

105 :名無し三等兵:03/05/31 00:01 ID:vRE/P6mj
老害を語るなら東郷元帥は外せない所だ

106 :名無し三等兵:03/05/31 00:02 ID:e5GgEPiB
トーゴーさんはいいんだよっ!!

107 :名無し三等兵:03/05/31 00:04 ID:e5GgEPiB
>>98
人口から考えれば妥当。

108 :名無し三等兵:03/05/31 00:11 ID:???
>>27
>太平洋戦争中は、主に空母瑞鶴飛行隊に所属し、零式艦上戦闘機などの飛行士として
>真珠湾攻撃など様々な作戦に参加致しました。
真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットで瑞鶴に乗っていた人なんて
本当に戦争を生き残れたの?

109 :名無し三等兵:03/05/31 01:10 ID:???
>>95
その通りだと思う。うちのじいちゃんの家系は長州の世襲軍人だった、いわゆる一品会ね。
消防のころ山口の大本家の法事にいくと元軍人だらけだった。しかも傷痍軍人多し。
うちの一族は片輪ばかりだと思った。
佐官で予備役応召になって、独立歩兵大隊とか、軍直轄の補給部隊といった
花形でないポストの人が多かったね。
南方派遣の割合が一般より高い気がする。
ニューギニアとかソロモン送りの人もいたらしいけど、比島で終戦を迎えた人が多かったと思う。
事変からずっと恩給の加俸が3倍だと言ってた。      
物資の欠乏は極限状態で、従卒以外の兵隊にはほとんど配慮できなかった話を繰り返し聞いた。
>>108
3割ぐらいは生き残ってたと思う。艦戦の搭乗員は生還率が高いから。ちなみに中攻の場合、
開戦時の実施部隊約2500人のうち終戦まで生き残ったのは50人未満。
真珠湾攻撃50年式典に参加した元搭乗員が5人参加している。事実なら個人も特定できるかな。
ぜひ軍板に光臨してほしいですね。

110 :鷂@元とんぼでし。 ◆Kr61cmWkkQ :03/05/31 01:42 ID:???
藩閥絡みのレスが増えたようなので、ちと毛色の違うことを。
シーメンス事件で干される前より、復帰後の方が派手な経歴の斎藤実。
二・二六事件で暗殺されるまで、首相・海相・朝鮮総督を歴任。
よくよく経歴を見ると、日清戦争時は侍従武官、日露戦争時は海軍次官。
絶好の戦功稼ぎのチャンスと縁がないわりに
よく出世コースに乗れたものだと、ある意味感心する。

111 :名無し三等兵:03/05/31 02:44 ID:???
>>110
軍政家として山本権兵衛に大変に重用されていたことと、仁礼景範の女婿になって
薩閥と結びついたから。
当然ながら本人が軍政家として優秀だったのはいうまでもないけど。

112 :海軍省 ◆Sxktxf9fvA :03/05/31 04:13 ID:???
畑英太郎大将・俊六元帥の兄弟も会津だよん。

113 :名無し三等兵:03/05/31 15:29 ID:K4A4aAB4
本当は戦前において一番、能力主義・機会均等・信賞必罰が貫かれていたのは
軍部じゃないのか?
賊軍・エタ非人・朝鮮出身者・高砂族でも将軍がでている、大将さえいる。

当時の政界・官界・財界よりも庶民や被差別者にもチャンスがあったのでは?
それなら民衆が政党や官僚よりも青年将校たちを支持したのも当然だ。


114 :名無し三等兵:03/05/31 15:54 ID:???
紀元暦→神武紀元で

115 :名無し三等兵:03/05/31 15:55 ID:???
誤爆

116 :鷂@元とんぼでし。 ◆Kr61cmWkkQ :03/05/31 21:57 ID:???
>>111氏、レス感謝。
斎藤が山本の片腕としてシーメンスで切られたのは知っていたが、
仁礼との関係に気づかなかったので納得。

薩閥直系の最後の大物提督は、宮崎出身の財部彪と思う。
ところで、参拾壱頁で財部の経歴を調べてみたのだが、
明治33年7月4日に駆逐艦霓の艦長から常備艦隊参謀に転属している。
ところが25日後の29日、霓は台湾で座礁喪失。
財部が幸運なのか、霓が不運なのかは誰にもわからないが、
ここで財部がコケていたら、ロンドン条約全権には到達できなかったかも。
シーメンスで頼みの山本がコケて、少々足踏みはしているが…。

117 :じんべえ:03/06/01 00:18 ID:???
ねぇねぇ、広瀬中佐は知ってるけど橘中佐って何した人なの?
軍歌上のライバルってだけなの

118 :名無し三等兵:03/06/01 00:21 ID:???
お前、ネットに接続してるんだから
ぐーぐるとか使えよ低脳が

119 :名無し三等兵:03/06/01 06:32 ID:???
>>27
>太平洋戦争中は、主に空母瑞鶴飛行隊に所属し、零式艦上戦闘機などの飛行士として
>真珠湾攻撃など様々な作戦に参加致しました。
真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットで瑞鶴に乗っていた人なんて
本当に戦争を生き残れたのか?

120 :名無し三等兵:03/06/01 11:47 ID:???
瑞鶴じゃないけど進藤少佐とか志賀少佐とか生き残っているね。

121 :名無し三等兵:03/06/01 14:19 ID:sKPXX4fN
おらが山形の英雄の石原莞爾を

122 :ルパンW世:03/06/01 17:59 ID:Np/6nsvw
佐藤賢了、四方諒二、田中隆吉、辻政信、皆陸軍の暴れ者で軍国主義
の中枢を担っていた軍人でマイナスイメージが強いが、倍率の高い
士官学校を卒業してるんだな。佐藤なんて陸軍省の軍務局長などを歴任した、
今で言えば高級官僚だよ(昔もだが)。士官学校や陸軍大学は実技よりも
ペーパーが重視された、だからこの連中はバカではない、エリート官僚だよ。
もちろんだからって評価する訳じゃないし、俺はきらいだけどね。
言いたいことは軍国主義というと暴力的なイメージがあるが、実際は軍人
も含めた一部のエリート官僚が引っ張っていったんだということ。

123 :名無し三等兵:03/06/01 18:05 ID:K/fKNzGf
>122
>士官学校や陸軍大学は実技よりも
>ペーパーが重視された、だからこの連中はバカではない、エリート官僚だよ
 実技よりペーパー重視だからあんな結果になったんじゃないの?


124 :じんべえ ◆epYEkN8Atw :03/06/01 18:05 ID:+T3BDtQU
>>117
がんばれ軍ヲタ初心者!!

125 :じんべえ ◆2kK64Yc21o :03/06/01 18:07 ID:+T3BDtQU
あれ?トリップが変だ
パソコン変えたからかな?

126 :ルパンW世:03/06/01 18:17 ID:Np/6nsvw
井上成美海軍大将 海軍兵学校校長時敵国語を使用するなとの時代に
外国語を使えない海軍士官などあるものかと英語の授業をやめなかった。
早く卒業させて第一線にとの中央の声に対し、もう戦争は負けだ、
兵学校の教育はむしろ戦後復興を担う人材を育てることだとの決意
を内心に秘め抵抗した。そのあとの海軍次官の時もそうだが、あの狂気
の時代に思考が客観的、合理的だね軍人の枠を越えている。


127 :名無し三等兵:03/06/01 19:25 ID:???
>>27についてだけど、
>太平洋戦争中は、主に空母瑞鶴飛行隊に所属し、零式艦上戦闘機などの飛行士として
>真珠湾攻撃など様々な作戦に参加致しました。
真珠湾攻撃に参加した零戦パイロットで瑞鶴に乗っていた人なんて
本当に戦争を生き残れたのか?
誰か、教えてくれ。

128 :109:03/06/01 19:34 ID:???
ごめん、まちがえた。
×開戦時の実施部隊約2500人のうち終戦まで生き残ったのは50人未満。
○渡洋爆撃開始時の搭乗員で生き残ったのは50人未満。
太平洋戦争開戦時の実施部隊のメンバーはもう少し多かった。


129 :厨房:03/06/01 19:34 ID:iiEUlFkO
今日渋谷の書店行ったら米内とか山本は愚将だとかいう本があったな

130 :名無し三等兵:03/06/01 19:38 ID:???
>>129
それは政治家として評価できないって本はけっこうあるけど丸善ブックセンター
の自費出版コーナーに元海軍のオッサンが書いた本で「米内も山本も愚将、俺が
指揮官なら日本は戦争に負けなかった」って電波ユンユンな本があったよ。

131 :名無し三等兵:03/06/01 19:40 ID:???
軍政と軍令、部隊の区別すらついてない奴が多いよ、ホント。
>その手の本を書く奴

132 :名無し三等兵:03/06/01 19:50 ID:???
佐藤賢了って歴史群像のバックナンバーのインタビュー読むとインテリで
物腰の柔らかな紳士なんだよね。言葉使いもすごく丁寧で見た目で損してるよな。

あと服部卓四郎とか。

133 :名無し三等兵:03/06/01 20:05 ID:???
橋本欣五郎 なんていかがかなものか ?

134 :鷂@元とんぼでし。 ◆Kr61cmWkkQ :03/06/02 00:17 ID:???
米内といえば、東京裁判で畑陸相辞職の件についてシドロモドロな証言をして
「あなたほど愚鈍な首相経験者はいない」と裁判長から面罵されたそうで。

で、あの御聖断を編み出したのは、米内でも鈴木でもなく
大角人事で軍を追われ、政界に転じた左近司政三内相だという話を
何かの本で見つけた。
ただその本の題名を忘れたので、信憑性も確かめられない。
どなたかご存知だろうか?

135 :名無し三等兵:03/06/02 01:02 ID:???
>>134
ウェッブ判事から罵倒されたけど、キーナン首席判事は「あれは畑を助けるための
芝居だ」と感心した、というのもメジャーな話。

終戦の御聖断に繋がる御前会議というアイディアを左近司内相が出したのもは、数
多でている米内光政関連の本の中で読んだ覚えがある。
「米内光政」(実松版)だったか、「静かなる盾」だったか…。

136 :ルパンW世:03/06/02 14:43 ID:fd5qGpMa
阿南惟幾 自決の際の一言「米内を斬れ」の真意は如何
あくまで終戦に反対だったのか、終戦に向けたプロセスの中で生じた摩擦なのか、
至誠尽忠の人であり、終戦に向け陸軍400万人をまとめきった人物だけにその
真意は不明である。

137 :名無し三等兵:03/06/02 17:47 ID:O0htP4iS
やはり坂井三郎氏は欠かせない


138 :ty:03/06/02 17:53 ID:OtiTHubK

///////////////////////////////////////////////////////////
無修正DVDなら 新宿歌舞伎町直送
         店頭販売の売れ筋のみ厳選 
http://www.dvd01.hamstar.jp/
             白石ひとみ 小森詩 山田まり
及川奈央 レジェンド 堤さやか 東京バーチャル 大好評
     http://www.dvd01.hamstar.jp/
  サンプル画像充実  見る価値大あり  最高画質
/////////////////////////////////////////////////////////////

 

139 :名無し三等兵:03/06/02 23:54 ID:???
栗林忠道殿など如何か?

140 :名無し三等兵:03/06/03 01:25 ID:???
>>113
日本陸軍がある意味で民主的で平等な機構であり、極端な学歴重視・偏ったエリート育成などの欠点もある反面、宮様だろうが非差別民だろうが「食った麦メシの数がモノを言う」公正さを持っていたことは確からしい。
陸軍をそう評価したのは海軍出身の東北大教授・池田清さん。「敵」の言だけに説得力があるw
省みて海軍は組織規模が小さく、国内基盤が弱く、結果的に戦後に井上提督が自省した「根無し草のインターナショナリズム」に陥っていたとする。
陸軍は戦後自民党保守政治、海軍は戦後の野党・都市政党・ビジネスエクゼクティブや知識層などにそれぞれ通じる長所と短所を持つとした池田さんの結論に自分は賛成。

論外は当時の政党。一部特権層の代弁者になりがちで、政争重視で犬養のように統帥権干犯問題でアホな行動をとるなど自業自得で破滅。

141 :じんべえ:03/06/03 14:45 ID:???
ねえ橘中佐はどうなったの
誰も知らないの?

142 :鷂@携帯ゆえトリ抜き:03/06/03 18:46 ID:???
>>135氏にまた感謝。
左近司のみならず、米内評も追記して頂けた。

財部・米内・左近司と条約派で来たので、対立する艦隊派をひとり。
半藤氏が艦隊派に列記した中に吉田善吾もいるが、
山本に三国同盟阻止を念押しされ、力尽きて海相を辞したのも事実。
同期に山本と嶋田という両極端な連中がいて、苦しい立場にあったのが伺える。
ま、艦隊派すべてが対米戦マンセーではないのだけれど…。

143 :西竹一:03/06/04 00:49 ID:aE4sceIO
僕のパッカードいいでしょ!

144 :',_ゝ`@初台最強のリア中@徹夜:03/06/04 03:40 ID:fYRk+9yt
[陸軍大将]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/rikugun.htm
[歴代陸軍大臣]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/rikugun-daijin.htm
[歴代陸軍参謀総長]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/stuff.htm
[陸軍元帥]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/general.htm
[陸軍省軍務局長]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/gunmu%20kyokucyo.htm

[海軍大将]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/kaigun%20taisyo.htm
[歴代海軍大臣]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/kaigun%20daijin.htm
[歴代海軍軍令部総長]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/gunreibu%20socho.htm
[海軍元帥]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/kaigun%20gensui.htm
[歴代連合艦隊司令長官]
http://www2.wbs.ne.jp/~ms-db/other%20data/rengo%20kantai.htm

九州人の天下ですね・・・。
[オマケ] http://www.kantei.go.jp/jp/rekidai/ichiran.html

145 :_:03/06/04 03:41 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/hankaku02.html

146 :',_ゝ`@初台最強のリア中@徹夜:03/06/04 03:55 ID:???
>>75
http://kyoto.cool.ne.jp/syasinsyuu/t37.htm

147 :名無し三等兵:03/06/04 04:37 ID:FJVy+NaU
>>141
ぐぐれって云われてまだ聞くか(呆
佐賀藩出身 東宮侍従武官府勤務の経験あり
日露戦争の激戦の一つ【遼陽会戦】に先立つ首山堡奪取戦に参加した第2軍所属
歩兵34連隊の第二大隊長
先鋒を任されて首山堡に肉薄 一時は敵陣を占領するも後続が続かずにやむなく撤退
後はあの軍歌をよく聞けばわかる

148 :名無し三等兵:03/06/04 21:27 ID:???
辻の野郎は戦後東南アジア某国で行方不明になってたな。
日本軍の残党に拉致られて埋めらめたんかね?

149 :名無し三等兵 :03/06/04 22:04 ID:???
辻さん神憑かり。
東南アジアのゴタゴタを漏れが何とか汁!という意気込みだったらしい。

辻に限らず、日本では珍しい土着の現世重視原理主義宗教「日蓮宗」の影響は大。
家康が不受不施派に限らず日蓮宗すべてをキリシタン同様禁教にしてたら、歴史はチョイ変わったかもな。

150 :鷂@元とんぼでし。 ◆Kr61cmWkkQ :03/06/05 02:31 ID:???
雑談だが、正直なところ↑「蓮」という字は見たくないな(w
さて本題
吉田・山本・嶋田ら海兵32期の出世頭だった塩沢幸一。
山本国葬の司祭長とか養命酒とかのエピソードは結構あるが、
16年9月に横鎮長官を終えて隠居の身となったため、影は薄い。
その前の大役が、14年1月から8月まで勤めた艦政本部長。
と、いうことは…
信濃・大鳳を筆頭にスペックデータ最強、しかし活躍の舞台なしという
C計画艦を認可したのは……てことにならないか? どうかな?

151 :名無し三等兵:03/06/05 17:06 ID:???
宮崎繁三郎の本が出てたと思うんだけど、どんな感じですか?

152 :鷂@元とんぼでし。 ◆Kr61cmWkkQ :03/06/06 01:29 ID:???

軍事・兵法・戦記・戦史関連書籍総合スレット
http://hobby3.2ch.net/test/read.cgi/army/1053498652/l50
に問い合わせることを薦める。

海兵32期が大将4人で最多か…と思っていたが、
15期(岡田・財部・小栗・竹下)と7期(加藤・島村・藤井・吉松)も。
野村實の「日本海海戦の真実」で見ると、藤井較一と島村速雄の連携プレーが秀逸。
津軽海峡に動こうとする連合艦隊幹部を、藤井が孤軍奮闘して引き止める。
そこに遅れて島村が登場、駄目押しの一言で対馬海峡残留が決定。
絵に描いたような逆転劇。
…それでも実写版「坂の上の雲」は原作を改竄するわけにはいかないね。

153 :名無し三等兵:03/06/06 16:22 ID:2vXyPxK4
国会で、自衛隊は旧日本軍とは違うっつーことで
往復ビンタだの国民を抑圧だのと
小泉はじめ皆からケチョンケチョンに言われているのが悲すぃ。

154 :_:03/06/06 16:28 ID:???
http://homepage.mac.com/hiroyuki43/jaz09.html

155 :名無し三等兵:03/06/06 17:18 ID:tBu8089y
一戸 兵衛のことは皆さん知ってます?
地元の人間なんで思い入れは深いです。
参考
ttp://www.toonippo.co.jp/l-rensai/gunzo/gunzo062.html

156 :コヴァ:03/06/06 22:11 ID:wgnWgnTd
>>151
 感動。中将の臨終の言葉が泣かせる。
「参謀、敵中突破でばらばらになった部隊を掌握したか?」
 指揮官たるもの、こうでなければならない。

157 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/07 20:34 ID:???
最前線の提督あれば、後方の提督あり。
海上勤務10年以下で大将にのし上がった柴山矢八。
やたらと局長・課長の肩書きが並ぶ赤レンガ住まい。
日清戦争中は大佐の身分で佐鎮長官心得(すぐ少将に昇進)。
日露戦争中も呉鎮長官。
「薩閥でなければ、大将になれる器ではない」と酷評された。
まったくその通りではあるが、
抜群の事務処理能力があってこそ、2度の「お留守番」を任されたわけで
どんな組織でも、柴山タイプの事務屋は必要な存在だ。

158 :名無し三等兵:03/06/07 21:28 ID:l89YKn3Q
>>119
岩本徹三

159 :名無し三等兵:03/06/07 22:01 ID:fmVBH8x4
( ´_ゝ`)撃墜王・・・

160 :片付け三等兵:03/06/08 09:27 ID:py7YwIGC
祖父の家を父と片付けていたところ
「昭和19年」「検定」とか色々ハンコを押してあるバッグやゲートル、国民服
など等、戦時中に国民や軍人に支給された物だと思われる物が出てきました。
貴重な物があれば、資料館などに寄贈しようと思うのですが、そういった資料写真が載っている本やサイトなどを知っていたら教えていただけないでしょうか。

161 :U-150:03/06/08 15:25 ID:JJ6tJPcc
>>160
私は、軍隊の紙類の資料館設立を目的とした研究グループに所属
しています。分野違いですが、知る限りでよければ。

平和祈念事業特別基金 ttp://www.heiwa.or.jp/
昭和館       ttp://www.showakan.go.jp/

銃後の生活に関する品は全国レベルでは割と残っているのではないでしょうか。
折角寄贈しても死蔵される可能性は十分考えられます。
地元の公共施設に相談するのも良いかもしれません。
また、軍装関係の方が詳しいと思います。軍装スレでお聞きになっては?

162 :名無し三等兵:03/06/08 15:31 ID:???
>>160
俺に売れ!!

163 :片付け三等兵:03/06/09 00:35 ID:+haTsV3Z
>>161
さらに調べてみた所、みな下記の画像のような印が押されていたので、
間違いなく国からの支給品のようです。
貴重な歴史資料ですので、どこかの資料館に寄贈する事にします。
情報有難うございました。
ttp://img127.ac.yahoo.co.jp/users/3/3/5/3/yuugikan-img600x450-1054791923dscf0003.jpg

164 :名無し三等兵:03/06/09 02:34 ID:???
>>163
代用=スフ(人絹)
大支検定=大阪支所検定かな?
色からいって普通の国民服です。
配給切符32点で購入した男性用国民服の上衣
でしょう。

165 :名無し三等兵:03/06/09 04:30 ID:???
辻はなんで衆議院議員になれたんだ?
わけわかんねぇ。

166 :名無し三等兵:03/06/09 10:23 ID:???
 パーネー号誤爆事件で更迭された三並貞三少将(三七期、小沢提督・
井上提督の代)は惜しかったのではないでしょうか?
 経歴から言って南雲提督に代わって第一航空艦隊を率いていたかも
知れないと思うんですが・・・

167 :名無し三等兵:03/06/10 02:54 ID:???
>>165
ベストセラー本を書いて、それをきっかけに毎日新聞社のプッシュを受けたから。
天才作戦参謀扱いされたとか…

168 :名無し三等兵:03/06/10 18:17 ID:???
>>166
第二連合航空隊の司令だったんだっけ?
後に山口多聞とか大西瀧治郎も就任しているね。

169 :名無し三等兵:03/06/10 18:26 ID:???
>>166
しかしパネー号撃沈はよくやったァ!
あれで命中しなかったら恥だったな

170 :名無し三等兵:03/06/10 19:11 ID:NRnIo570
命中しないのが当たり前の爆撃でしたが?
九六艦攻でだぜ。

171 :名無し三等兵:03/06/10 19:15 ID:???
>>170
当たっただろうが

172 :名無し三等兵:03/06/10 19:16 ID:???
海に放り出される今村均萌え

173 :名無し三等兵:03/06/10 19:23 ID:???
>>172
あの部下思いのエピソード、感動した
そのときの漂流で軍刀「兼氏」を失ったそうな
田中少佐という目利きが、大陸で見つけた掘り出し物
正宗十哲の一人で、かなりの名刀だったそうな

174 :名無し三等兵:03/06/10 20:56 ID:???
今村大将のエピソードは、ホッとさせるものが多いな。
さすが仁将

175 :名無し三等兵:03/06/10 22:05 ID:7lvBzrca
今村均・本間雅晴が死刑で牟田口廉也・石井四郎がおとがめなし
なんでだろう?なんでだろう?

176 :名無し三等兵:03/06/10 22:11 ID:???
今村均は、死刑になってませんぞ

177 :コヴァ:03/06/11 00:48 ID:MTU29cu3
>>176
連合国も、どうしても死刑にする理由が見つからなかった。

もっとも、実際に接した人(もっと若い陸軍将校)によると「普通の老人」とか「物分りの悪い頑固な年寄り」だったとか。
単なる頑固じじいが、あれだけの責任を負い通した。そこに今村閣下の偉さがあると思う。

178 :名無し三等兵:03/06/11 01:00 ID:noKi2feb
本間の相手はマッカーサー元帥。

相手が悪過ぎ。

179 : :03/06/11 01:07 ID:mupoWyge
いいからNHK見ろ!

180 :名無し三等兵:03/06/11 06:17 ID:C4P8Srp5
山下奉文も死刑あるよ、米軍と裏取引して731部隊の
免罪を勝ち取った石井四郎はやはりただ者ではないのか?



181 :名無し三等兵:03/06/11 08:27 ID:hP+3ROkO
マッカーサーは比島解放をスローガンにあげたのに八月まで山下将軍指揮の日本軍が持久戦を継続したから

182 :名無し三等兵:03/06/11 14:22 ID:???
堀内豊秋大佐が処刑というのはどうも・・・一体どんな罪状が?

183 :名無し三等兵:03/06/11 19:58 ID:???
やっぱマッカーサーは、本間を恨んどったのか・・・

184 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/11 21:18 ID:???
マッカーサーにしてみれば、フィリピンとは
親父さんがスペインから分捕った土地であり、
ケソンを傀儡に統治していた私有地じみた土地であるから
マイホームに土足で踏み込んだ者は誰であろうと許さないと思うが。

陸軍さんで盛り上がっているな…海ヲタとしては寂しいが。
指揮官の個性が部隊や占領地の雰囲気に反映されるから当然か。
組織に組み込まれた海軍将官より面白い生きざまが聞けそうだ。

185 :名無し三等兵:03/06/11 21:54 ID:???
嶋田繁太郎なんてどーよ

186 :名無し三等兵:03/06/11 22:35 ID:???
淵田氏はどう?

187 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/12 00:38 ID:???
>>185 >>186 おながいします。
太平洋戦争時の幹部については、膨大な記録や証言があるので
自分の知識ではカバーできないエピソードも豊富かと。
自分はむしろ古い人、忘れられた人を広く浅く紹介する方針で粘着中。

>>157の自レス、柴山で止めていたので、
柴山に佐鎮長官を任せて日清戦争に出た相浦紀道から再開。
中将・横鎮長官と、大将・海相にリーチをかけながらも引退した佐賀閥の領袖。
筑波・雲揚・龍驤と、維新期の木造軍艦の艦長を渡り歩く。
特に龍驤では、明治天皇の御召艦任務を2回こなし、
佐賀の乱直前に水路寮に下りて、故郷への侵攻という悲劇からまぬがれた。
西海艦隊長官が最大の見せ場かな?

188 :名無し三等兵:03/06/12 01:31 ID:???
>>182
元の部下が、オランダ政府からやり直し裁判で無罪を最近勝ち取ってたよね。
メナドの落下傘部隊の最高責任者だったから、植民地経営を破綻させた
元凶としてスケープゴートにされたんでしょう。


189 :名無し三等兵:03/06/12 03:14 ID:MDBI0NjE
やはり田中雷三かと・・・

190 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/14 03:46 ID:yfsCE7qy
生命反応がないな。揚げてみよう(旧コテ時代とこの辺が変わらんな)

大和や長門を知らないチョソでも、「ウンユン」は知っている。
江華島を単艦で制圧した「雲揚」こそ、チョソが最も憎悪する帝国艦艇だが
その艦長が井上良馨 。
4人目の海軍大将、3人目の元帥。
例の江華島事件こそ、日本の大陸上陸の第一歩となり、
井上も少将の分際で男爵を与えられたほどの厚遇ぶり。
まぁ、海軍省・軍令部を立ち上げる時期にデスクワークでも活躍したから
大正期に先任元帥として尊敬され、煙たがられていたんだがね。

191 :名無し三等兵:03/06/14 05:13 ID:???
佐野二等兵曹は?

192 :名無し三等兵:03/06/14 12:19 ID:???
そんじゃ、意外と(?)知られていない皇族出身の陸海軍大将・元帥など。

有栖川宮威仁親王
明治7年に海軍兵学寮に入校、西南戦争では生徒の資格のまま現地に出張。
明治12年に英国東洋艦隊旗艦に乗艦して実務を学び、同13年に少尉任官と
共にグリニッジ大学に留学。
帰国後、葛城、高雄艦長や横須賀海兵団長等を歴任し、日清戦争にははじめ
は大本営付、ついで松島艦長として参加。明治29年に少将に進級して常備艦
隊司令官。
日露戦争時は持病のために当初は療養していたが、請うて大本営付になり、
この間に大将に進級。
また、天皇の名代として数度渡欧。明治42年以降、療養されていたが大正2年
に薨去(同時に元帥に)。

193 :名無し三等兵:03/06/14 16:30 ID:???
>>82
その話の本持ってます・・・。

194 :名無し三等兵:03/06/16 11:41 ID:???
>>192
北白川親王は?

195 :名無し三等兵:03/06/16 13:09 ID:jZ9GmDVS
>>194
有栖川宮なら江戸城明け渡しの時の征東大将軍のご一族ですかね
戦前は皇族は士官学校か兵学校に行くことになっていたようです
昭和天皇の弟の宮たちも皆軍人ですし

196 :名無し三等兵:03/06/16 13:11 ID:jZ9GmDVS
上のすれ>>192の間違いでした
スイマソ


197 :名無し三等兵:03/06/16 13:15 ID:???
秋元安雄軍曹が、亡くなられました。

198 :名無し三等兵:03/06/16 13:19 ID:???
北白川宮 能久親王
1847(弘化4)年生
1895(明治28)年10月28日没
北白川宮第2代
伏見宮邦家親王の第9王子
仁孝天皇の猶子
1848(嘉永元)年 青蓮院宮家を相続
1858(安政5)年 輪王寺宮家を相続 公現法親王を称し上野寛永寺の門跡となる
1870年 還俗 伏見宮家に復帰 軍籍に就く
同年 勅命によりプロシア留学
 プロシア歩兵・砲兵聯隊、参謀学校等で兵学を修める
1872年 北白川宮家を相続
1877(明治10)年 帰国
近衞砲兵聯隊附
1884(明治17)年 陸軍少将 歩兵第1旅團長 参謀本部出仕
1886(明治19)年12月29日 大勲位菊花大綬章
1892(明治25)年 陸軍中将
第6師團長
第4師團長
1895(明治28)年1月 近衞師團長
 4月17日 下関条約
 清、台湾を割譲
 5月29日 近衞師團を率い、樺山資紀初代臺灣総督(台湾総督)とともに台湾に上陸
 台湾北部を平定
 6月22日 台北に臺灣総督(台湾総督)府を開庁
 10月28日 台南で病死(マラリア) 享年49
 11月 陸軍大将
 大勲位菊花章頸飾
 功三級金鵄勲章
国葬

199 :名無し三等兵:03/06/16 13:25 ID:4c6+JhYu
☆セクシー画像を生クリック☆(閲覧無料)
http://endou.kir.jp/moe/linkvp.html

200 :198:03/06/16 13:27 ID:???
北白川宮
この宮様は有栖川宮と反対に幕府側(彰義隊)に担がれたりしています。
外地で死んだ唯一の宮様ではないでしょうか?

>>195
のいっているのは有栖川宮でも熾仁親王ですね。
和宮の元許嫁。


201 :名無し三等兵:03/06/16 14:00 ID:sWTskkZz
二年前まで一年間住んでいた前のアパートの大家T・B。
東京西部のそのアパートの隣に大家一家が住んでいたのだが
T・Bはそこのじいさまだった。
自転車の停め方が悪いとか音楽がうるさいとか
細かいトラブルのたびに旧軍風にギャーギャー怒鳴りちらす。
たしかに上京したばかりでマナーを守らなかった漏れが悪いのだが
家賃を払ってビンタされたのは許しがたい。
話が通じる相手ではないので(興奮してしつこく罵られるだけ)
耐えて、金ためて、逃げました。

風呂なしKつき四畳半で家賃は二万二千と安いのだが
T・Bのおかげで学生の入れ替わりは激しかった。
あれは貧乏の弱みにつけこんでいびる相手を集めていたんじゃなかろうか?
いい年して家庭内暴力もあったらしい。

「兵隊やくざ」「フルメタルジャケット」とか
軍隊イジメものを見るたびにT・Bを思い出すね。
戦後半世紀を経ていまだに軍隊に犯されたままのその姿は
同じく軍隊経験を持つ母方の祖父とはかけ離れていた。
この体験で旧軍、というか軍隊全般の見え方が変わりました。



202 :名無し三等兵:03/06/16 14:48 ID:???
>>188
遅レスながらその話を聞いて少しホッとしたよ。
九段で堀内大佐の遺書を読んだら、最期まで亡くした部下や敵兵、
祖国の事を案じていた内容だったのでさぞかし無念だったろうなあ、と思っててね。
しかし何だね、堀内大佐といい木村少将といい広瀬中佐といい、
日本海軍の名指揮官ってのは皆髭が立派だなあ。
立派な髭は名指揮官の必須アイテムなのか?(w

203 :田原坂の一下士官:03/06/16 17:50 ID:???
数年前にバイクで事故って入院した時の話。

同じ病棟にガダルカナルの生き残りのじい様がいた。
じい様は、当時、通信隊に所属していて電線を敷いてたって言ってた。
2人一組で作業をするんだが、結構、危ない任務だったらしい。
通信隊の将兵は、戦死よりも原住民の襲撃での死亡率が高かったそうな。。
それ、聞いて「敵は米兵だけにあらず」て思いがした。

そのほか、じい様は辻政信参謀に随行していたとも言ってたよ。


204 :名無し三等兵:03/06/16 20:48 ID:???
>>202
ヒゲの名将といったらキスカ撤収の指揮をとった水雷一筋の船乗りの亀鑑

木村昌福少将

を忘れてはなるまい(w
しかし200を超えるまでこの名前が出てこなかったのはちと意外

205 :204:03/06/16 20:49 ID:???
あ、ガイシュツだった
言及されてましたね(汗)
読み直してみて気がついた…スマソm( __ __ )m

206 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/16 23:37 ID:???
水兵「東郷さん、そこ掃除します。どいて下さい」
東郷「あいよ」
このやり取りを目の当たりにして
「陸軍では決してありえないことだ」
と驚嘆した陸軍軍人は宮様ではなかっただろうか?

秩父宮…かな?
親しい海軍軍人といえば高松宮ぐらいだろうから。
正確に知ってる方はいるだろうか?

207 :192:03/06/16 23:54 ID:???
なんか、詳しい人がいるようなんで、俺なんかが書いてもいいのかとか思ってしまう

皇族シリーズ
伏見宮貞愛親王
幼年学校卒業後、明治8年に中尉に任官、西南戦争に従軍後、近衛連隊長等を経
て、明治25年歩兵第四旅団長に補せられ、威海衛の攻略に参加。この時第一線に
立って指揮をとったため、大いに志気が上がったとか。
日露戦争では第一師団長として南山の攻撃に参加。その後、明治37年大将に進級
して大本営付となり内地に帰還、38年軍事参議官となり、大正3年に元帥府に列せ
られた。
ちなみに親王は皇族中の長老として大変に信望が厚く、明治、大正両天皇の御信任
厚かったらしい。

208 :名無し三等兵:03/06/17 04:51 ID:???
初代の能久王>>198は台湾で病死、二代の成久王はパリで事故死の
悲劇の家系で知られる北白川宮家。三代永久王も昭和15年に駐蒙軍参謀として出征した。
生前母、成久王妃房子は、虫の知らせか息子の支那派遣軍への転任を懇願していた。
しかし話を当時の駐蒙軍参謀長田中新一に持ちかけたことで、田中を好いていなかった
司令官岡辺直三郎のやっかみもろもろで転任話はおじゃんとなった。

騒動の後間もなく永久王は演習視察中、戦闘機の墜落に巻き込まれ死亡した。
死後永久王は蒙彊神社の御神体となった。しかし敗戦によってからがら帰国した
この御神体も日本中を放浪することになる。

華北のド田舎より南京の方が良いだろうという親の配慮だったのかも知れないが、
何か運命的なものなんか感じても良いのじゃないかなあと思う話だったり。


209 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/18 23:16 ID:???
北白川宮家で続いているので、能久親王の第四子・輝久王で受けてみる。
小松宮家の祭祀を継承して臣籍降下、侯爵小松輝久と称す。
陸軍の家系ではあるが海軍に入り、海兵37期(同期に井上・小沢・草鹿など)
臣籍だけに、有栖川宮・東伏見宮・伏見宮3元帥に続くのは不可能。
海大甲種卒、自腹でイギリス留学など、研鑚には余念がなかった。
で、3元帥とまったく毛色が違う経歴は……

潜水屋。

専門は砲術だが、一応水雷も教育を受けており、迅鯨艦長も勤めた。
11年に第一潜水戦隊司令官、12年に潜水学校長。
17年3月には第6艦隊長官へ。日本潜水艦の大半を統括した。
しかし、ミッドウェーでの索敵失敗、ソロモンの輸送作戦など辛酸を舐める。
18年6月、東シナ海シーレーンを守る佐鎮長官に転任。
ドン亀を操る長官から、ドン亀を追い払う長官に成り代わった。
最終的に海大校長となり、失火の責任を負って辞職後は海軍から離れ
昭和45年永眠。
北白川宮家の因縁とは無縁な元皇族である。

210 :名無し三等兵:03/06/19 00:40 ID:???
プ板より救助信号!

【旅順要塞は】乃木だけはガチ【お化け屋敷】
http://sports3.2ch.net/test/read.cgi/wres/1055939107/l50

211 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/20 01:09 ID:0ySOTDjf
誰もいないが、今のうちに踊る気はないので揚げてみる。

名前は知っているが、何をしたか分からない提督といえば、
太平洋戦争開戦時の1F長官高須四郎・3F長官高橋伊望・5F長官細萱戊子郎とか。
1Fには栄光の戦艦群が集中→最終決戦まで出番なし。
というわけで、高須が最前線で活躍することはありえなかった。
17年9月から南西方面艦隊長官になり、ここでも悠悠自適の生活。
古賀GF長官が消息不明になり、後任が決まるまで高須が代行したが
勝手に中部太平洋から一航艦を引き抜いてマッカーサーに備えたため
豊田新GF長官に大迷惑をかける。
発病して南西方面艦隊長官を降り、帰国直後に病死。
五・一五事件の軍事裁判で判事長を務め、ぬるい判決を下したことといい
いろいろと問題を丸投げしてくれたお方である。

212 :名無し三等兵:03/06/20 01:24 ID:???
立見尚文ファンはいますか?

213 :名無し三等兵:03/06/20 10:59 ID:???
>>182
西村近衛師団長の罪状はむちゃくちゃだよ
彼は185cmある大男である
捕虜虐待の指揮をした人物は背が低く太った将校…
その人物は西村とされ、死刑。現在、オーストラリアにて再審請求されている

オーストラリア人再審請求者達曰く、報復以前に法制の根幹を揺るがしかねない
問題がある裁判とのこと

214 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/22 15:03 ID:nQvHYZLe
もうこのスレ駄目なのだろうか?
からあげは癪なので、リンクを貼ってみる。

日本史板より。軍板とノリは大いに違うが。

【軍令部】伏 見 宮 博 恭 王【総長】
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1041240488/l50

215 :海軍省 ◆Sxktxf9fvA :03/06/22 16:29 ID:???
>>206
奈良武次大将

216 :192:03/06/22 17:16 ID:???
本当は長面君を書こうと思ったけど、鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ氏が
リンク張られたので、別の人を。
そういや長面君って黄海海戦で負傷していたのね…。

皇族シリーズ
東伏見宮依仁親王

明治8年に海軍兵学寮に入学後、英仏留学を経て明治25年に帰国、日清戦争
勃発時は再度の欧州巡遊中だったが、開戦の報を聞き急遽帰国、浪速分隊長
として威海衛封鎖や陸軍主力の揚陸援護に従事。
戦後、台湾平定戦に参加された後、千代田、扶桑分隊長など一貫して海上勤務
を続けられ、日露戦争時は千歳副長。38年1月大佐に昇進して千代田艦長として
日本海海戦に参加。
戦後、軍令部出仕となり海上勤務に別れを告げ、42年に少将、大正2年に中将
に昇進、横須賀鎮守府司令長官、第二艦隊司令長官を経て大正6年に大将とな
り、軍事参議官となられる。
大正11年6月に薨去、即日元帥の称号を授けられる。享年56才。

217 :鷂@携帯につきトリなし:03/06/22 17:43 ID:???
>>215
あらま、まったくの別人であったか…どこで勘違いしたのやら。
まあ回線切って吊ってくる。
>>216
出鼻くじいて正直スマンカッタ。

218 :名無し三等兵:03/06/22 17:59 ID:???
海軍の艦隊派と条約派はまあまあ知識を持っているのですが、
陸軍の統制派と皇道派はどういう系譜なんでしょうか?

皇道派は荒木貞夫とか真崎真三郎が発祥?で統制派はそれのアンチで誰が誰??

219 :名無し三等兵:03/06/22 18:13 ID:???
>>218
日本軍閥闘争史
http://academy2.2ch.net/test/read.cgi/history/1047455220/


220 :名無し三等兵:03/06/22 18:19 ID:???
長面の宮の負傷に関しては野村實氏が「天皇・伏見宮と日本海軍」で
とりあげているが、敵弾による戦傷というよりトウ発事故による負傷という可能性もあるらしい

主に黛治夫の調査によるもので、
この事故は俗に「第3砲塔の砲塔長だった伏見宮が砲塔付近で炸裂した敵弾により負傷した」と言われているが

・戦後多数のインタビューや資料をまとめ刊行された博恭王の公式伝記によると、
 「敵弾が砲塔に命中し右砲砲身を切断、吹き飛ばした」とされていること
・強固な構造の30センチ砲身が敵弾の命中により切断される事例・公算は極めて少ないこと
・1937年にかつて三笠砲術長だった加藤寛治に、砲術学校教官だった
 黛治夫がこの件問い合わせたところ、事故であったことを認めたこと
・戦後、伏見宮負傷後第3砲塔の指揮に当たった三笠分隊士が黛の質問に応じ、 トウ発事故であったことを認めた
・博恭王の伝記で、砲塔内勤務だった一水兵の記述に一連の事象を「珍事」としていること
など

ソースが隔たっていますし、どこまで信じるかは微妙ですが、
「実戦の参加者・負傷者」であることが一つの伏見宮が権勢を誇った一因なわけで
これが事実で当時周知のことであったら歴史に影響はあったのかしら・・・など考えてみる

221 :名無し三等兵:03/06/22 18:22 ID:???
>>218
219のスレや中公新書(最近講談社学術文庫にも移りましたが)の
高橋正衛「日本の軍閥」がわかりやすいかと。
双方の用兵思想に関しては黒野耐「日本を滅ぼした国防方針」なども

副読本として当事者の一人であった田中隆吉「日本軍閥暗闘史」も読むと面白いですよ

222 :名無し三等兵:03/06/22 18:24 ID:???
閥は別として統率とか戦場の振る舞いで九州は軍人向きなんでしょうかね?

終戦時の軍首脳四人中3人が九州だったし。
確率的に偶然ではないような・・・

223 :名無し三等兵:03/06/22 18:33 ID:???
>>222
キミ血液型占い信じてる口でしょ?

224 :名無し三等兵:03/06/22 18:49 ID:???
>>223
出身地によって性格や気質が変わるのは常識

ちなみにわが茨城県民は古くから血の気が多いので有名
桜田門外の変 天狗党の乱 5・15 2・26 血盟団事件・・・
血生臭い事件にはたいてい水戸藩の人間がかかわってる

225 :名無し三等兵:03/06/22 18:54 ID:???
>>223
馬鹿にならない比率ですが?

226 :名無し三等兵:03/06/22 18:56 ID:???
それはどのような統計で?

227 :名無し三等兵:03/06/22 19:01 ID:???
>>224
それはどのような根拠に基づいた常識ですか?
え?竹内久美子?回線切って首吊ってこいや。

228 :名無し三等兵:03/06/22 19:11 ID:???
>>224 >>226 >>227
バカが集団で・・・
おもしろーい!

229 :名無し三等兵:03/06/22 19:23 ID:???
阿南、梅津、豊田、米内で3/4九州。
吉積、大西・・・

230 :名無し三等兵:03/06/22 19:26 ID:???
>>229
牟田口も忘れんな

231 :名無し三等兵:03/06/22 19:30 ID:???
>>230
そいつは人じゃない

232 :名無し三等兵:03/06/22 19:31 ID:???
皇道派
 100%兵士。武骨者だが心はあたたかい。人間としての同情に自分を犠牲にすることを原理とする覚悟ができている。
天皇という大儀が国法より高い。今日、『天皇親政』を樹立するためには、命を捧げなければならない。皇室が神の裔であり、
『自明の運命』を信ずることまことに強いものがある。共産主義は仇敵。
 個人的な間柄では、打ち解けて親しみ、将軍といえども二等兵とつきあう。戦場では指揮官であり、平時の兵ではない。
戦死は日本字にありえる最高の名誉である。
 政治家は『井の中の蛙』以外の何ものでもない。文句は無用と思え。『ぶちのめしてやりたい』連中だ。
 妥協の余地はない。白か黒かだ。灰色はない。組織内にあってはスチームローラの如く。休みなく。打ち続く平時に不満感を抱く。
考え方では国家社会主義的ではあるが明確ではない。
論理的ではない。二たす二は四である。

統制派
 順法。ただし表面的。国策に表向きは従う。狂信的ではない。
野戦向きではなく、軍官僚型。有能な行政官、外交官、人当たりが良い。
実務的、比較的、数学的観念に優れている。現実主義的。
 彼らがやることに警戒を怠るな。人間的共感ではなく、その長所を重要視する。
『現状維持』第一。『革命』ではなく『進化』を信奉。
 個々人の現在の満足に考慮する。個人と国家に同等の比重を置いている。
現在の生活将来のそれとを同程度に大切にしている。常識派。私有財産制擁護
資本家と政治家の協力をよしとする。国際協力を重視する。二たす二は四である。

1943年時の米の知日派学者ヒリス・ローリイの評価。?な点も少なくないけどツボを抑えている気がする。

233 :192:03/06/22 19:36 ID:???
>>217
いやいや、気になさらないで下さい。

>>220
ははぁ、長面君は戦傷でなく事故の可能性があるんでつね…

234 :名無し三等兵:03/06/22 19:36 ID:???
そういや盧溝橋事件のとき攻撃命令出したのも牟田口大佐(当時連隊長)だったな

235 :名無し三等兵:03/06/22 19:41 ID:???
>>224
漏れ茨城に住んでますが、クルマを運転していると茨城男って気が短いのか横からいきなり飛び出してきたりでコワイコワイ。



236 :名無し三等兵:03/06/22 19:42 ID:???
そりゃ単なるキチガイだろ。

237 :名無し三等兵:03/06/22 19:43 ID:???
>>235
おれも県民だが、北部や田舎に行くほど多いな

238 :名無し三等兵:03/06/22 19:49 ID:fW/jxh5D
うちのじいちゃん 半島に行ってたんだが
今村中将(大将だったかな?)が基地を訪れたときとても
おだやかな感じの人だったと言ってたよ

239 :名無し三等兵:03/06/22 20:01 ID:???
山本五十六大将がやっぱりイイ!
敗北を予感しながらも戦いに身を投じ、
戦場視察で命を落としてしまう悲劇

なんか男を感じます

240 :名無し三等兵:03/06/22 20:05 ID:EQvOEuy9
>>232ドズル・ザビは皇道派、ギレン・ザビは統制派ということか?

241 :海軍省 ◆Sxktxf9fvA :03/06/22 20:21 ID:???
>>229
ていうか、大分でつね。

242 :名無し三等兵:03/06/23 02:45 ID:???
>>232
中々面白い、感謝。でもどちらも「2+2=4」なの?
前者は「2+2=400」って気もw

>>241
大分か。軍人じゃないが、福沢諭吉も大分中津藩だっけか。
土地の知的文化的な風土として、江戸時代以来、開明的と言われるな。

243 :名無し三等兵:03/06/23 03:54 ID:???
>>231
一寸ワラタ。

244 :名無し三等兵:03/06/23 08:29 ID:???
>>242
をっと失礼
皇道派は「〜ではない」でした。
ある種コミュ二ストとファシストの対立ともとらえられるとも
ローリイはまとめてます(完全な同一視は危険とクギは刺してますが)

245 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/06/26 01:55 ID:rIttuJoK
>>222
太平洋戦争中に広げたうえに、総理と陸海軍三長官に広げてみる。
名誉職の教育総監と現場長のGF長官を同列に見るのは強引かもしれないが。

総理大臣  東条英機(岩手)  小磯国昭(山形)   鈴木貫太郎(千葉)
陸軍大臣   杉山元(福岡)    阿南惟幾(大分)             <東條略>
参謀総長  梅津美治郎(大分)                         <東條・杉山略>
教育総監  山田乙三(長野)   畑俊六(福島)    土肥原賢二(岡山)<杉山略>
海軍大臣  嶋田繁太郎(東京) 野村直邦(鹿児島) 米内光政(岩手)
軍令部総長 永野修身(高知)   及川古志郎(岩手)  豊田副武(大分)
GF長官   山本五十六(新潟) 古賀峯一(佐賀)  小沢治三郎(東京)<豊田略>

九州6 東北5 関東3 甲信越2 中国1 四国1
確かに九州、とくに大分が多いのは既出(実質上は何もしてない野村込み)だが、
東北組、とくに岩手も目立つな…
東條と米内が有名すぎるのもあるが、板垣や及川も合わせ、大東亜戦争期の幹部に目立つ。
今村や南雲も東北だし。

246 :コヴァ:03/06/30 22:00 ID:0fmh1J5v
>>245
今村閣下は、父親が裁判官で各地を転勤しており、誕生時宮城に在勤だっただけのこと。
井上成美みたいに、生粋の東北人ではない。

247 :名無し三等兵:03/06/30 22:02 ID:???
架空戦記じゃほとんどで、能なし参謀とされている宇垣纒中將だが……
正直、浮かばれない。

248 :名無し三等兵:03/06/30 22:04 ID:???
畑俊六元帥が広島で被爆してた事実をしってますか?

249 :名無し三等兵:03/06/30 22:06 ID:???
山本黒島渡辺トリオが個性的(悪く言えばDQN)なせいで
常識人の宇垣は浮きまくり。

まあいくら演習を続行するって官僚的判断の為のお手盛り裁定はいただけないが。


250 :名無し三等兵:03/06/30 22:20 ID:???
>>249
ミッドウエーのあれだが……
なんでも、真珠湾奇襲の図上演習も、大失敗におわっていて、
南雲部隊は不安なまま出撃した、という経緯があり、
そしてミッドウエー作戦は、決行はすでに決定済み、
図上演習がどうなろうとも、作戦は決行される……
ので、とりあえず空母に被害がなければ作戦は成功するとした上で、
敵機動部隊への対策が課題である、と南雲司令部に対策練るように伝えた、
というのが事の経過。
……この経緯みてみると、あのいーかげんな演習は、
宇垣中將一人に責を問えるのだろうか。
(宇垣自身は、參謀長として、長官の補佐に全力を尽くす=作戦はいまさら変更できない)
また、これをもってアホな裁定くだしたトンデモ軍人と言えるのだろうか……。

251 :名無し三等兵:03/06/30 22:26 ID:???
>>250
自分もその経緯は把握してます。
演習後に南雲司令部に「脇が甘いぞ」と忠告しながら
草鹿以下南雲司令部幹部が「実戦ではそんな真似はしない」など答えて
あの体たらくだったことも。

どこに責任があるか、と始めるとキリが無いところですけどね・・・>お手盛り裁定の遠因

252 :名無し三等兵:03/06/30 22:39 ID:???
>>251
どこに責任あるかっていえば、
結局は当時の海軍の根本部分なんだろうね。
ただ、これを以って宇垣中将をDQN扱いしたり、
ただの大艦巨砲バカと捉えたりというのが一般なんで、
あまりにも世間の評価が厳しい、というか、
何も知らずにレッテル貼ってるように見える。
ミッドウエー撤退戦でみせた艦隊指揮能力や、
大艦巨砲派ながらも、冷静に航空機の威力を認め、
戦艦の時代が終わったことを覚り、
将官からはその性格から烟たがれても、
一般兵からはかなり慕われていた……
じつはWW2帝国海軍軍人としては、
トップクラスの力量があったんじゃないかなぁ、と思う。
まぁ、その最期は見解がわかれる所なんだろうが。

253 :名無し三等兵:03/06/30 23:34 ID:???
>249
奴が終戦後にやった事を考えると架空戦記で閉職に回されるのはまぁ当然かと。
敗戦後の戦闘行動。しかも道連れに前途ある若者を多数巻き込む。
むしろそのような行動を取ろうとする若者を押さえるべき指揮官があれだからねぇ、、、
当時を生きた人間のではなく、現代人の常識で判断すりゃ最低の軍人の一人だろ。

254 :名無し三等兵:03/07/01 00:33 ID:???
>>248
どうなったんですか?

255 :名無し三等兵:03/07/01 01:03 ID:???
>>253
しかし、当時の五航艦にいた人の談話では、
あの出撃で、艦隊内の不穏な空気が緩和され、落ち着いたそうだ。
あの出撃は、善悪の範畴を超えている気がする。
ただ、五航軍の軍団長よりは
筋を通しているのではなかろうか。

256 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/01 02:35 ID:???
>>246
>>144のサイトを安易に丸写ししたのが突っ込みどころ。
>>245をレスしたあと、小磯を書きかけてボツにしたのだが、
他の資料にあたるうちに、小磯は栃木生まれの山形育ちと知った。
一口に出身地と言っても、出生地と生育地とでは大違い…迂闊に言えないな。
流れを無視した遅レススマソ。

257 :名無し三等兵:03/07/01 02:41 ID:???
その点宇垣姓はみんな宇垣一成、宇垣完爾、宇垣纏と
生まれも育ちも岡山だから安心だね☆などとフォローにならないフォロー

確か宇垣完爾が一成の血縁だったか


258 :名無し三等兵:03/07/01 02:45 ID:???
なんでもあの一帯は、みんな宇垣さん。


259 :名無し三等兵:03/07/01 08:41 ID:???
宇垣は三国同盟の締結にも反対してた。by半藤一利

260 :名無し三等兵:03/07/01 08:59 ID:???
宇垣中将が反対しても作戦は決行されただろ。更に宇垣は更迭。
上司の命令に逆らえないのが日本の公務員体質なんだから。

J隊の演習で実際起きたのだが、戦車がレンジャーの襲撃を
受けて撃破判定されたんだそうだ。その瞬間「状況5分前に
戻し』となった。(撃破されていない状態に戻す)
オチは頭にきたレンジャーはその1日何度も同じ戦車を撃破
し続け演習自身をグチャグチャにしてやったそうだ

261 :名無し三等兵:03/07/01 13:09 ID:???
事実ならば、旧軍のような真似をする演習担当者もさる事ながら、それ以上に何度も
同じ相手に撃破されつづける戦車にがっかりする。随伴歩兵いなかったのかな。

262 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/04 01:10 ID:wFOaWfRl
演習を台無しにする、というのは、裏返せば新戦法の開発であり、
発想を転換した連中の斬新な視点とプライドは素晴らしいものがあるが
プライドの中身によっては、手放しに喜べないものもあったりする。

中村良三が演習で敵軍長官を演じた時、日本軍側を完全に手玉に取った。
非常識と非難されつつ、「米国軍になりきって裏をかいた」と豪語する。
それはそれで優れた用兵ではあるが、
長らく海大で教官〜校長を勤めた偏屈なプライドの賜物とあっては引いてしまう。
「貴様らは俺の指図どおりに動いてりゃそれでいいんだよ」
という傲慢さが、中村の言動の端々に見られて気に食わない、
という内容の話を秋津洲艦長だった黛が語っている。
まあ末次や高橋と相通ずる艦隊派だったからお咎めなしだったのだな。

263 :名無し三等兵:03/07/04 04:02 ID:???
黛も結構、鼻っ柱が強い男に思われるが。

264 :***************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************名無し三等水兵:03/07/10 19:17 ID:???
>>262
動機は不純だが、発想そのものは正しかったりする。
異なるドクトリンを持つ相手が、いかにも日本海軍的な発想で動いたりするのは不自然。

265 :クラミジア ◆lqHCuYVP.w :03/07/11 13:56 ID:NEcGllil
age

266 :名無し三等兵:03/07/11 13:59 ID:sTh/pQOk
西郷どん ハアハア

267 :名無し三等兵:03/07/11 14:51 ID:C4VL/BQ6
積んでいた捕虜が邪魔になったので海に突き落とした重巡利根の艦長さんは神!

268 :名無し三等兵:03/07/11 15:50 ID:FXbLx7AX
私の地元愛知出身の陸軍大将松井石根、渡邊錠太郎。
二人とも無念の最期を・・・。
戦死するならともかく彼らのようになんの罪もないのに殺された軍人はかわいそうだ。

269 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/11 21:18 ID:???
抹殺されたレスは以下のとおりである(1/2)。

264 名前:鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ 投稿日:03/07/06 03:12 ID:ri9hQFLW
それはそうだが、中村が部下を奴隷か機械のごとく扱うことへの反発だろう。
部下を慮らないと、のちのち手痛いしっぺ返しもあるわけだ。

アンチ加藤寛治は多いが、
公衆の面前で本人を罵倒し溜飲を下げたのが百武源吾。
富士に乗っていた頃、三笠砲術長だった加藤とひと悶着あったらしい。
末次の後釜に軍令部次長となってからアンチ加藤ぶりを公言して憚らず。
舞要・佐鎮長官を経て帰京したとたん、加藤軍事参議官に罵声を炸裂。
30年分の鬱憤を晴らしたそうな。


265 名前:名無し三等兵 投稿日:03/07/06 03:35 ID:yKY8mNsZ
>>220

海戦の最中の自艦のとう発事故による負傷なら
立派な「戦傷」なんぢゃないの?



270 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/11 21:19 ID:???
抹殺されたレスは以下のとおりである(2/2)

266 名前:名無し三等兵 投稿日:03/07/06 03:44 ID:???
広辞苑なんかの定義だと「戦傷」は「(軍人が)戦闘で受けた傷」などとなる
一応其の点では「戦傷」には入れられないかと>伏見宮
恩給とかには問題あるのかしら




267 名前:名無し三等兵 投稿日:03/07/06 03:52 ID:yKY8mNsZ
>>266

戦闘配置についていて、実際に戦闘行動中に砲撃を行っていた
艦砲がトウ発して、それが原因で負傷したなら、「戦傷」ぢゃないのか?

平時の演習中のトウ発事故なら、ただの「負傷」だろうが。


268 名前:名無し三等兵 投稿日:03/07/06 04:49 ID:ChaIPGPC
>>245
小沢治三郎は宮崎(九州)だYO

271 :山崎 渉:03/07/12 16:35 ID:???

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

272 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/14 22:22 ID:NfJXJgJf
再開する。
そんだけ氏の講義やミリ閣下の熱弁見た日にゃ…自分は遥かに格下だが。

バルチック艦隊に加え、三笠と松島も爆沈せしめた下瀬火薬+伊集院信管の開発指導者、
「月月火水木金金」猛訓練のルーツとなった常備艦隊長官、
それが伊集院一族最高峰の元帥・伊集院五郎だが、
経歴を見ていると、艦長の経験がまったくない。
大佐時代を軍令部の第二局長・第一局長・次長心得で通過。
軍政官の井上や政治家志向の豊田貞でさえ戦艦艦長を勤めたのだが。
艦長経験は大将昇進への必要条件ではなかったのだな…。

273 :山崎 渉:03/07/15 11:58 ID:???

 __∧_∧_
 |(  ^^ )| <寝るぽ(^^)
 |\⌒⌒⌒\
 \ |⌒⌒⌒~|         山崎渉
   ~ ̄ ̄ ̄ ̄

274 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/16 01:13 ID:EA+PCngB
…まさか…紫明と同列視されてないだろうか……。

伏見宮の負傷疑惑がいくつか続いていたが、負傷は軍人につきもの。
山本の指、塚原の腕、野村の目は重傷の有名どころ(野村はテロ)だが、
戦闘中じゃないのに片目を失ったのがGF長官 栃内曽次郎。
自動車事故で顔面をガラスに突っ込んだ、とのこと。
要人が助手席に座ることはないだろうし、自ら運転とも考えにくい。
後部座席でも側面衝突で突っ込むことはありえる。
詳細は不明だ。詳細キボンヌ…と言っても返事はなさそう。
だが海軍で最もジョンブルっぽい洒落者と言われただけに、
隻眼の肖像写真にも凄みではなく風格が漂っているな…。

275 :192:03/07/16 02:29 ID:???
>>279
「軍艦長門の生涯」に栃内曽次郎大将の交通事故の話が出てくるけど、次官時代に
人力車に乗っていたら無免許運転の自動車と衝突して負傷したとのこと。

人力車だから当然後ろの席だね。

276 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/16 23:39 ID:rGhB0rwi
おお、久々の192氏に感謝。
なるほど、栃内が自動車に乗っていたわけではないのだな。

むっつりした写真に出くわすことが多く、現実に超タカ派の高橋三吉。
えらく上司に恵まれた珍しい提督かもしれない。
GF参謀長時代の長官は強硬派の加藤で意気投合。
 三保関事件でも何の言い訳も不要。
軍令部次長時代の総長は太っ腹の伏見宮で、
 大手を振って軍令部強化に没頭。
GF長官時代の海相は2・26でパニック起こした大角で、
 何の遠慮もせず長門の主砲を議事堂に照準。
結局のところ、何の邪魔立てもされずに4F事件まで突っ走れた。
条約派にとっては大迷惑だが、本人にとっては、東郷並みに強運かもしれない。

277 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/17 23:20 ID:hs9yeP42
延命措置にも限界があるな……自分も300レスで退艦するよ…。

海軍史上ただ一人、三長官すべてを経験したのが
実質上の前スレ末期に某氏からけちょんけちょんに罵られた永野修身。
対米戦を決めた軍令部総長として東京裁判に出廷するも獄死。
「一度でいいから、孫と一緒に白玉蜜豆を食いてぇな…」
と獄中での呟きが、やはり永野も人間だと(いや、人間の顔じゃないて訳でなく)
思いはする。戦犯は戦犯なのだがな。
ところで、陸海軍は開戦日を明示していなかったが、
宣戦布告に関わるだけに東郷が粘りに粘って聞き出したと聞く。
東條・杉山・嶋田あたりは口は堅いだろう。
……やっぱり永野がゲロしたのか……。

278 :名無し三等兵:03/07/17 23:25 ID:???
>と獄中での呟きが、やはり永野も人間だと(いや、人間の顔じゃないて訳でなく)
>思いはする。戦犯は戦犯なのだがな。
別に狂人でも法律を犯した犯罪者って訳でもあるまいし、そりゃ最後に孫に会いたい位は思うだろ・・・・。

279 :名無し三等兵:03/07/18 13:07 ID:/VFFgygN
ラバウルの守備隊が終戦後、復員の船を待っているあいだ、
日本から病院船が戦病者の復員のためにラバウルに入港した。
第2復員省のはからいか今村均の息子が船医として乗っていた。
しかし、今村は会わなかった。
副官が会いに行くようすすめると、今村は首を振り

「ここの将兵はみな本土に残してきた家族に会いたくてたまらないのだ。
自分だけ会うわけにはいかない。」

今村はその後、オーストラリア軍による軍事裁判ののち、スマトラに送られ
ヲランダ軍による軍事裁判を受け、日本に帰国したのは3年後だった。
しかし、今村の嘆願によりマヌス島に渡りさらに本土にかえってきたのは
さらに二年後

280 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/19 00:26 ID:qEFmoUgV
今村スレ落ちたのか…永田スレもそうだが、マジレス主体の軍人スレは厳しいな。

財部と加藤がリングアウトしたがために、切られたのが山梨と末次。
山梨は大角人事で佐鎮長官→呉鎮長官でゲームオーバー。
しかし末次信正は、舞要長官からGF長官、さらに政界へと帰ってきた。
内相として近衛内閣に入閣した際、
米内海相が予備役編入を交換条件としたのをあっさり受諾。以後近衛内閣の癌となる。
首相にと呼び声が高かったが、伏見宮の
「奴だけは首相にするな」の一言で流局となって地団駄踏んで悔しがる。
さすがの伏見宮も、末次の狂犬ぶりに気づいたと見える。
現役時代に強烈な個性を発揮していただけに目立たないが
末次の政治家志向は、あの豊田貞次郎以上かもしれない。

281 :名無し三等兵:03/07/19 00:53 ID:???
>別に狂人でも法律を犯した犯罪者って訳でもあるまいし

狂人や犯罪者でも孫に会いたいとぐらい思うだろ(w

282 :192:03/07/19 01:11 ID:???
末次大将といえば、第三次近衛内閣総辞職後、自分に後継内閣首班指名
が来る可能性があるかもと期待して、大命降下のお召しはどのような方法で
来るのかとか気がはやい質問をするなど、かなりそわそわしていたらしい。

けど、結局新聞記者から東条に決まったと知らされて(´・ω・`)ショボーンとな
ったとか。

他に、嶋田引き下ろし工作をしていた岡田大将他の米内・末次現役復帰案
も永野元帥や昭和帝の反対で潰れるなど、自分がまいた種とはいえ、完全
に人生下り坂になってしまいましたなぁ…。

そういえば、高橋「三吉姐さん」は末次、クラスメイトの米内とも仲がよく、昭
和19年の米内・末次会談にも両者の間を取り持つために同席したとか。

283 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/20 01:40 ID:???
夏休みである。住人は少ないが、夏厨に300レス突破されるのも癪だ。

192氏が嶋田更迭作戦を紹介したので、その関係者を。
嶋田更迭とともに海相となるも、僅か5日で総辞職となり、
まさに何もしないまま終わった野村直邦である。
戦前から戦中にかけてベルリンで過ごし、ドイツの実情を知り尽くした男。
戦略のまったく違う日本に難癖をつけまくるドイツ軍首脳を見続け
対米開戦の誤りを肌で感じていた。
さつき1号→呂500とともに奇跡の帰国を遂げた潜水屋でもあり
呉鎮長官として潜水艦建造を仕切る立場から急に海相に引き抜かれた。
潜特・潜高に忙殺される呉廠に何らかのてこ入れをしたかっただろうに…。
総辞職後は横鎮長官・海上護衛長官を歴任。
潜水艦狩りではなく、潜水艦をフルに駆使したかったことだろう。
つくづく、意に反する人事に翻弄されてきたマイナー大将である。

284 :***********************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************************名無し三等兵:03/07/21 05:03 ID:???
野村吉三郎にもヒカリアレ

285 :名無し三等兵:03/07/21 08:59 ID:???
東条秀典が日露戦争で失脚しなければ・・・

286 :名無し三等兵:03/07/21 09:04 ID:???
大角人事が痛かったな。

287 :名無し三等兵:03/07/21 09:41 ID:JyFdPyS0
東条英教のことか?
夢は息子に託しましょう

288 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/21 12:44 ID:???
済まない192氏。うっかりログ再取得をして、及川を抹殺してしまった。
及川を受けて、影の海相豊田をと思ったのだが…。

山本…もちろん56でもゴンベでもない(←メジャーすぎて論客多すぎ)を一人。
「封じ袴の大将」山本英輔である。
母上手製の袴を封印し、「大将に昇進する日に開き見ん」と決意しての勤務。
遂にGF長官の任期中に念願の大将に昇進。
母上の前で封印を破り、袴を開いて男泣き…というのは当時の雑誌が出典。
山本の功労は、航空機の将来性を高く買って研究を進めたことで、
初代航空本部長に任命されてもいる。
2・26事件後、中村・小林とともに予備編入され、役目を終えた。
しかし艦隊派の中村・山本はお約御免で、条約派のヘソ造はリサイクルとはこれいかに?

289 :192:03/07/21 22:55 ID:???
鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ氏が百武源吾大将のアンチ加藤寛治としての
エピソードを出しているけど、同じくアンチ加藤寛治のエピソードを。

途洋爆撃の指揮官として有名な戸塚道太郎中将(終戦時)は井上成美の「軍令部
条例並に省部事務互渉規定改正」に対する姿勢と立場に同情して、それが縁で親
交を結んでいた。
で、戸塚が軍令部二部長のとき、井上に「加藤大将を元帥に」という署名運動があ
るといったところ、井上がとんでもない話だと答えた。
で、後日福井県人会で戸塚は加藤大将に「井上の話に反駁しなかった」と怒られて
頭を一発殴られたので戸塚も「何しやがるんだ」と怒鳴って杯の酒を加藤大将にぶ
っかけたそうな。


290 :わんにゃん@名無しさん:03/07/22 13:03 ID:???
ハッキリ言ってアメリカなどの多民族国家では黒人の方がアジア人よりもずっと立場は上だよ。
貧弱で弱弱しく、アグレッシブさに欠け、醜いアジア人は黒人のストレス解消のいい的。
黒人は有名スポーツ選手、ミュージシャンを多数輩出してるし、アジア人はかなり彼らに見下されている。
(黒人は白人には頭があがらないため日系料理天などの日本人店員相手に威張り散らしてストレス解消する。
また、日本女はすぐヤラせてくれる肉便器としてとおっている。
「○ドルでどうだ?(俺を買え)」と逆売春を持ちかける黒人男性も多い。)
彼らの見ていないところでこそこそ陰口しか叩けない日本人は滑稽。

291 :名無し三等兵:03/07/22 19:33 ID:???
>>283
野村のGEB長官就任を見ると、WW1の潜水艦エースだったサー・マックス・ケネディ・ホートン提督が
西部近接海域司令官に就任してUボート狩りに大暴れしたことを思い出す。
ホートンのComWA就任が1942年11月で野村の帰朝が1943年の3月だから直接参考した可能性はあまりあるとは思えないけれど

加藤寛治というと日本海軍風流譚に載っていた酔っ払った士官にタマを握られた挿話を最初に思い出してしまう(*´Д`)

292 :鷂@元とんぼでし ◆Kr61cmWkkQ :03/07/22 21:46 ID:???
ネイバル・ホリデースレがマターリ進行中なので、そろそろ昭和海軍は終わり。
で、いきなり海軍省ならぬ兵部省に逆戻り。

横鎮・呉鎮・佐鎮・舞鎮+旅順口→鎮海の5海軍区制は、海軍の思惑ではない。
陸軍卿の大山巌が沿岸防御の必要性から提案したもので
海軍卿の川村純義は予算上の制約もあって、2個艦隊で事足りると考えた。
で、大山は一計を案じる。
時代遅れとなった川村は海軍卿を退き、西郷が跡を継ぐのだが
存在感は以前のまま残っていた。
その川村が欧州視察に出かけたその隙に、大山は海軍条例を制定し、
直ちに呉鎮・佐鎮の造成が始まり、舞鶴も誘致が決定してしまった。

川村にとって佐鎮は不要な軍港だったが、実際は呉鎮より半年早く造成され
すっかり大山の思惑通りに話が進んでしまう。
5海軍区はご存知のように成立できず、日清戦争は2個艦隊で戦うという
長期的には川村の思惑通りの展開になったわけだが、
大山の奇策がなければ、今の佐世保と舞鶴は存在しなかった…らしいな。

88 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)